マグダレナ・フラッコウィアック

ポーランド出身の女性モデル―マグダレナ・フラッコウィアック(Magdalena Frackowiak)―しばしばマグダレーナとも―〔1984年10月6日生〕

マグダレナ・フラッコウィアック~2008年2月29日―パリ。
マグダレナ・フラッコウィアック~2008年2月29日―パリ。

西暦1984年―ポーランド人民共和国という社会主義国としてあった時代のポーランド―マグダレナは、その北の外れにあってバルトの海原に臨むグダニスクという港町にその生を享けた。

その日々にとっての大きな転機は、この国の歴史ある首都―ワルシャワのとあるモデル事務所の主催によるモデル関係のコンテストに対して、マグダレナの写真をその母親が勝手に送り付けた1999年に訪れた。

時に16歳―その大会に参戦することになったマグダレナは、ついには優勝を勝ち取り、それをきっかけとしてこの町―ワルシャワに本拠を置く『モデルプラス』というモデル事務所からのスカウトを受け、のちに繋がるモデルとしての経歴の胎動を見ることになった。

ところがそれから長きにわたって陽の目を見ぬ日が続いたようで、その名を広く知られるに至るのは、それからおおよそ7年もの歳月を過ぎてからのことだった。

2006年に至って『ディラード』というアメリカ合衆国のデパートのカタログに登場したマグダレナは、続けて4月にグラマー誌のイタリア版で初の雑誌の表紙の仕事を経験。その9月にはエル誌のポーランド版の表紙を飾った。

ローガンのドレスとともにランウェイをゆくマグダレナ―2007年11月30日。
ローガンのドレスとともにランウェイをゆくマグダレナ―2007年11月30日。

更にヴォーグ誌の中国版とドイツ版に続けて姿を見せた2007年にあっては、『ラルフ・ローレン』―このアメリカ発の有名ファッションブランドの広告塔の仕事を請負。そのコレクションにて、ベラルーシ出身のターニャ・ディアヒレヴァ、ロシア出身のヴァレンティナ・ゼリャヴァ、アメリカ合衆国出身のシャネル・イマンという同業の者らと仕事をともにした。

この年には、クレイグ・マクディーンというイギリス出身の名写真家の撮影を受けてクリスチャン・ディオールの下着の仕事を、続けてスティーヴン・マイゼルという同じく著名な写真家の撮影を受けてマリナ・リンチュクというベラルーシ出身のモデルとともにヴォーグ誌イタリア版の表紙の仕事を、更にスティーヴン・クラインという写真家の撮影を受けて同じくヴォーグ誌イタリア版の表紙を飾った。10月になるとパリでそれまで世話を受けていたネクスト・モデル・マネジメントから同じくパリのエリート・モデルズへと移籍し、ニューヨークにて世話を受けていたネクスト・モデル・マネジメントを同時に去ってDNAモデル・マネジメントへと移籍した。

ラルフ・ローレンとの契約を更新した2008年には、アレッサンドロ・デラクアというイタリア発のファッションブランドの広告塔へ。更にニューヨーク発のオスカー・デ・ラ・レンタというファッションブランドの仕事で、同郷のアンニャ・ルービックというモデルとともに再びクレイグ・マクディーンによる撮影を受け、その1月にはヴォーグ誌の日本版に姿を現した。

その経歴のうえで飾ってきた広告の数々は、アレッサンドロ・デラクア、アンナ・リタ・エンネ、クリスチャン・ラクロワ、フレンチ・コネクション、レーン・クロフォード、リー、レ・シーラ、ニーマン・マーカス、オスカー・デ・ラ・レンタ、そしてラルフ・ローレン、・・・。

『えェ』―2007年9月24日~ジャスト・カヴァリのコレクションの舞台裏にて舌をあらわにマグダレナ。
『えェ』―2007年9月24日~ジャスト・カヴァリのコレクションの舞台裏にて舌をあらわにマグダレナ。
飾ってきたコレクション―歩いてきたランウェイの数々は、アネイト・ビアン、ベッツィ・ジョンソン、ディーゼル・スタイルラボ、ダグラス・ハーネット、ジョアンナ・マストロヤンニ、ミリー、トリー・バーチ、アレッサンドロ・デラクア、アレキサンダー・マックイーン、アントニオ・ベラルディ、ベイビー・ファット、ビル・ブラス、ブルーガール、ブルマリン、ボルボネーゼ、カルメン・マーク・ヴァルヴォ、セリーヌ、シャーロット・ロンソン、クリスチャン・ディオール、シンシア・ステフィ、ダイアン・フォン・ファステンバーグ、エレン・トレーシー、エミリオ・プッチ、ジャンフランコ・フェレ、ジェニー・ケイン、ジョン・ガリアーノ、ケンゾー、ラ・ペルラ、ルカ・ルカ、マルケッサ、ナイーム・カーン、アルベルタ・フェレッティ、ポリーニ、ポーツ1961、ロベルト・ムッソ、
2007年度秋季~ベナーズ・サラフプールのコレクションの舞台裏にて、ベルギー出身のアヌーク・ルペール(左)とスイス出身のパトリシア・シュミット(右)とともにマグダレナ。
2007年度秋季~ベナーズ・サラフプールのコレクションの舞台裏にて、ベルギー出身のアヌーク・ルペール(左)とスイス出身のパトリシア・シュミット(右)とともにマグダレナ。
ロザ・チャ、サリ・ゲロン、ソニア・リキエル、スリーアズフォー、トレーシー・リース、トラサルディ、ヴァレンティン・ユダシュキン、ヴァレンティノ、ヴァリエ、ヴィクター&ロルフ、ヴンダーキント、イヴ・サン・ローラン・リヴ・ゴーシュ、ジバンシー、カルロス・ミーレ、キャロリーナ・ヘレラ、DKNY、デザイナー・フォー・ダルフール、ドゥー・リー、エリン・フェザーストン、ルエラ・バートリー、マーロ、マシュー・ウィリアムソン、マックス・アズリア、モニーク・リュイリエー、ナルシソ・ロドリゲス、ラルフ・ローレン、リチャード・チャイ、スー・ステンプ、テンパリー、トミー・ヒルフィガー、ワイ&ケイ、ザック・ポーゼン、アン=ヴァレリー・アッシュ、アルマーニ・プリヴェ、シャネル、アン・クライン、バレンシアガ、コスチューム・ナショナル、カルヴァン・クライン、クロエ、クリスチャン・ラクロワ、ドルチェ&ガッバーナ、ダックス、デレク・ラム、ダナ・キャラン、エトロ、フェンディ、ジャンバティスタ・ヴァリ、ジェレミー・スコット、ジル・サンダー、ジャスト・カヴァリ、ルイ・ヴィトン、マーク・ジェイコブス、マイケル・コース、ミッソーニ、ニナ・リッチ、オスカー・デ・ラ・レンタ、プリーン、プリングル・オブ・スコットランド、プロエンザ・スクーラー、ソニア・フォルトゥーナ、ステラ・マッカートニー、セイ、ヴェルサーチ、・・・。

薄茶色の髪に茶色の瞳。その身長おおよそ1.80m。仕事付き合いを持ったマリナ・リンチュクをはじめ、ベハティ・プリンスルー、キャサリン・マクニール、フラヴィア・デ・オリヴェイラ、ハイジ・マウント、ジェシカ・ミラー、カーメン・ペダル、キム・ヌールダオルガ・シェレール、・・・こうした同業者らとの交流を持つ。

そんなマグダレナ・フラッコウィアックは、いつしかアメリカ合衆国のファッション・キャピタル―ニューヨークへとその居を移したうえで、毎年毎季にわたって数多のファッションショーを歩きながらに、今日も『美』の華やかなる舞台にその名を知らしめ続けている。

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