マリアカルラ・ボスコーノ

実に数多のファッションブランドの発信地たる歴史あるイタリア。この国出身の女性モデルのひとり―マリアカルラ・ボスコーノ(Mariacarla Boscono)〔1980年9月20日生〕は、同郷で友人のエヴァ・リッコボーノという女性モデルとあわせて、『イタリア出身の最有力の次世代スーパーモデル』・・・しばしばそのような触れを携えその名を馳せている。

2008年度春季―ジバンシーのコレクションの舞台裏にてマリアカルラ・ボスコーノ。
2008年度春季―ジバンシーのコレクションの舞台裏にてマリアカルラ・ボスコーノ。

目次

経歴

胎動期

イタリア共和国の歴史ある首都―ローマにその生を享けたマリアカルラは、父親の仕事に伴う形で幼き頃より世界の国々を転々と移動していた。9歳のときには家族とともにアフリカに移住することになり、その東部海岸沿いのケニアの村でしばらくの時を過ごした。『人生で最も素晴らしい時期だった』―のちにこの時期をそう回顧している。

そんな少女―マリアカルラの日々に転機が訪れたのは、家族とその友人とともに夕食会を開いていた1997年のある晩であった。そこで家族の友人にいたある写真家によって『発掘』を受けたマリアカルラは、やがてとあるパーティの場でジバンシイというフランス発の名高いファッションブランドのデザイナーであったリカルド・ティッシと出会い、その専属モデルになるようにとの招待を受ける。

それに乗ったマリアカルラは、ついには大西洋を越えてアメリカ合衆国のニューヨークへと飛び、DNAモデルズという名門モデル事務所と契約を結ぶのである。そして1999年~9月~おおよそ19歳というときに、フランスの『ファッションの都』―パリにてイッセイ・ミヤケとヴィヴィアン・ウエストウッドの春季のショーを飾り、そのモデルとしての経歴を本格的に始動したのであった。

始動期

2005年度秋季~ランヴァンのショーをゆくマリアカルラ。
2005年度秋季~ランヴァンのショーをゆくマリアカルラ。

めくるめくランウェイの舞台へのデビューを成した1999年を過ぎて、2000年にはブルガリとディーゼルの広告塔へ。9月になるとパリとミラノに赴き、モスキーノ、ロベルト・カヴァリ、サルヴァトーレ・フェラガモ、ジャン・ポール・ゴルチエ、ケンゾー、・・・こうした錚々たるファッションブランド群のコレクションを飾り、自身の20世紀に幕を下ろした。

時も21世紀に移ろい、2001年になるとさっそくシャネル、カルヴァン・クライン、ロベルト・カヴァリの広告に登場し、10月にはフランスの高級モード誌―ロフィシェルからの特集を受け、2002年にはクリスチャン・ディオール、DKNY、ジャン・ポール・ゴルチエ、カール・ラガーフェルド、マーク・ジェイコブス、マイケル・コース、モスキーノ、ヴェルサーチという8つの名ファッションブランド群のキャンペーンに登場。

そうして数多の仕事を通してしだいにその名を高めていった。

勃興期

急激に増えてゆくランウェイの仕事―膨大な数のコレクションにて仕事を重ねるようになったマリアカルラは、春季だけでもアン・ヴァレリー・アッシュ、シャネル、クリスチャン・ラクロワ、エリー・サーブ、エマニュエル・ウンガロ、ジバンシー、ジャン・ポール・ゴルチエ、ヴァレンティノ、・・・錚々たるブランド群のショーを飾った2004年。

2006年度秋季~ステラ・マッカートニーのショーの舞台裏にて、カナダ出身のジュリア・ダンストール(左)とともに金髪のマリアカルラ。
2006年度秋季~ステラ・マッカートニーのショーの舞台裏にて、カナダ出身のジュリア・ダンストール(左)とともに金髪のマリアカルラ。

それを過ぎて2005年にあっては、ジバンシーとの契約を結び、その11月には数多のモデルらとともにヴォーグ誌フランス版の表紙に登場した。

元来の黒髪を金髪に変えた2006年に至っては、ジバンシーとの契約を更新し、2月になるとスイス出身のパトリシア・シュミットとともにヴォーグ誌フランス版の表紙に登場。5月にはジャン・ジュネの『女中たち(Les Bonnes)』という作品を扱ったニューヨークの演劇に出演して女優としての仕事を経験。

ドイツ出身のユルゲン・テラーという写真家の被写体となったうえでイヴ・サン・ローランの仕事を請け、7月にジバンシーの秋季のショーの仕事をパリで終えると、9月に母国イタリアはミラノのファッション・ウィークに現われた。

熟成期

金髪にしていた髪を黒髪に戻し、ディオールの60周年記念のコレクションに姿を現し、エルメスのショーをもってパリで幕を下ろした2007年。

そうして2008年に入るとジバンシーの広告塔に復帰し、2月にさっそくパリでその春季のコレクションを飾ることになった。このときには、ブラジル出身のアリーニ・ウェーバーや米国出身のアリ・ステファンズ、更にはノルウェー出身のシリ・トレロドやロシア出身のヴラダ・ロスリャコヴァなどといったモデルらとともに一際の注目を受けもした。

2009年度春季~ロベルト・カヴァリのショーをゆくマリアカルラ。
2009年度春季~ロベルト・カヴァリのショーをゆくマリアカルラ。

その経歴のうちに飾ってきた広告の数々は、アクリス、アルベルタ・フェレッティ、アレッサンドロ・デラクア、アメリカーナ・マンハセット、アンナ・モリナーリ、アルマーニ・エクスチェンジ、バーニーズ・ニューヨーク、ビーン・ポール、バーグドルフ・グッドマン、ブルマリン、ブルガリ、カルヴァン・クライン、カルロス・テュフヴェッソン、シャネル、クリスチャン・ディオール、コカパーニ、コム・デ・ギャルソン、DKNY、ディーゼル、ドルチェ&ガッバーナ・リゾート、エドラ、エマニュエル・ウンガロ、エミリオ・プッチ、エスカーダ、エトロ、ジャン・ポール・ゴルチエ、フランチェスコ・スコーナミーリョ、ジャンフランコ・フェレ、ジバンシー、H&M、エルメス、ジャン・ルイ・ダヴィド、ジョン・ガリアーノ、カール・ラガーフェルド、コールズ、ラ・ルデュート、ロレアル、マーク・ジェイコブス、マレッラ・フェレーラ、マイケル・コース、ロベルト・カヴァリ、サックス・フィフス・アヴェニュー、シビラ、U2、ヴァレンティノ・ローマ、ヴェラ・ウォン、ヴェルサス、ヴェルサーチ、ビバユー、イーガル・アズルーエル、イヴ・サン・ローラン、・・・。

2006年度春季~ステラ・マッカートニーのコレクションのその舞台裏にて、フランス出身のモルガン・デュブレ(左)とベルギー出身のエリーズ・クロンベ(右)とともにマリアカルラ。
2006年度春季~ステラ・マッカートニーのコレクションのその舞台裏にて、フランス出身のモルガン・デュブレ(左)とベルギー出身のエリーズ・クロンベ(右)とともにマリアカルラ。

飾ってきたコレクション―歩いてきたランウェイの数々は、キナ・フェルナンデス、ギ・ラロッシュ、イッセイ・ミヤケ、ジーン・ミュア、ジュンヤ・ワタナベ、ロメオ・ジリ、ステファン・ジャンソン、トリスタン・ウェバー、ヴィヴィアン・ウエストウッド、アンテプリマ、エンポリオ・アルマーニ、ガイ・マッティオーロ、ケンゾー、ミッシェル・クラン、ニナ・リッチ、ソニア・リキエル、ヴェロニク・ルロワ、アキラ・イソガワ、アレキサンドル・マチュー、アリス・ロイ、アントニオ・フスコ、アズ・フォー、ブルース、クスト・バルセロナ、ディーゼル・スタイルラボ、ディーチェ・カヤック、エトロ、ガッティノーニ、ヒロミチ・ナカノ、アイスバーグ、ジャン・ポール・ゴルチエ、コスタス・ムルクディス、モスキーノ、ナネット・レポー、ニコール・ミラー、パメラ・デニス、リファット・オズベック、ロベルト・カヴァリ、ロッコ・バロッコ、サルヴァトーレ・フェラガモ、ヴィクトル・ベライシュ、ヴィクター・ヴィクトリア、イーガル・アズルーエル、ユキ・トリイ、APC、ベルンハルト・ヴィルヘルム、ベッツィ・ジョンソン、ビブロス、クロエ、クリスチャン・ディオール、チヴィディーニ、コカパーニ、エマニュエル・ウンガロ、エリック・ベルジェール、ジャンフランコ・フェレ、ジル・ロジエ、グエリエロ、ジル・スチュアート、ジョン・ガリアーノ、ルイ・フェロー、ルイ・ヴィトン、マーク・ジェイコブス、ミッソーニ、モルガン、ニューヨーク・インダストリー、パコ・ラバンヌ、アルベルタ・フェレッティ、トラサルディ、ヴァレンティノ、ヴェロニク・ブランキーノ、ヨージ・ヤマモト、アレッサンドロ・デラクア、アレキサンダー・マックイーン、アントニオ・ベラルディ、バレンシアガ、バリー、シャネル、クレメンツ・リベイロ、コスチューム・ナショナル、フェンディ、フセイン・チャラヤン、イミテーション・オブ・クライスト、ルエラ、マルニ、マルティーヌ・シットボン、エミリオ・プッチ、ステラ・マッカートニー、ヴェルサス、ヴィクター&ロルフ、バルマン、クリスチャン・ラクロワ、ジバンシー、イヴ・サン・ローラン、アナ・スイ、アン・クライン、ビル・ブラス、バーバリー、キャロリーナ・ヘレラ、セリーヌ、DKNY、ドルチェ&ガッバーナ、ダナ・キャラン、ヘルムート・ラング、ヒューゴ・ボス、ジェレミー・スコット、ケネス・コール、ラガーフェルド・ギャラリー、ローレンス・スティール、ロエベ、マックス・マーラ、リチャード・エドワーズ、ストラネス、アン・ヴァレリー・アッシュ、ビージービージー・マックス・アズリア、ベナーズ・サラフプール、ダイアン・フォン・ファステンバーグ、ジェームズ・コヴィエロ、オスカー・デ・ラ・レンタ、トミー・ヒルフィガー、ザック・ポーゼン、フィリップ・トレイシー、アンナ・モリナーリ、グッチ、ナルシソ・ロドリゲス、ロシャス、ヴェラ・ウォン、チェルッティ、チャド・ラルフ・ルッチ、ディースクエアード、エクステ、ガエタノ・ナヴァッラ、ラ・ペルラ、ランチェッティ、ルカ・ルカ、マシュー・ウィリアムソン、ローランド・モーレット、スポートマックス、ヴァスール・エスキヴェル、エリー・サーブ、アマヤ・アルズアーガ、ブルマリン、ダグラス・ハーネット、エルマンノ・シェルビーノ、エルメス、ジェイ・メンデル、ジョン・ヴァルヴェイトス、ラルフ・ローレン、リーム・アクラ、ザ・ハート・トゥルース、アントニオ・マラス、リカルド・ティッシ、トレンド・レ・コパン、アルマーニ・プリヴェ、ソフィア・ココサラキ、6267、カール・ラガーフェルド、ランヴァン、ヴェルサーチ、フランチェスコ・スコーナミーリョ、ファウスト・サルリ、カルロス・テュフヴェッソン、・・・。

そのキャリアも10年に近づこうと・・・2008年も4月に至るとヴォーグ誌フランス版でトップモデルとしての特集を受け、やがてロシア出身のナターシャ・ポーリーとイギリス出身のカースティン・オーウェンと連れ立ち、馴染みのジバンシーにて仕事をともにした。

その姿

黒髪に茶色の瞳。その身長おおよそ1.77m。

アンジェラ・リンドヴァル、デヴィ・ドリーゲン、ハナロア・クヌッツ、リンダ・ヴォジュトヴァ、リヤ・ケベデ、ナタリア・ヴォディアノヴァラケル・ジマーマン、・・・こうした同業者らとの交流に加え、ミッソーニ家の令嬢―マルゲリータ・ミッソーニとの交流を持ち、料理とヨガが趣味。

そんなモデル―マリアカルラ・ボスコーノは、名実揃えたスーパーモデルとしての認知を得るようになって今・・・数多のモデル事務所らからの世話を受けつつ、そしてニューヨークに居を置きつつ、今日も『美』の遥かなる大舞台にその名を知らしめ続けている。

資料