モルガン・デュブレ

フランス出身の女性モデル―モルガン・デュブレ(Morgane Dubled)〔1986年7月1日生〕

2006年度秋季~マルニのコレクションのその舞台裏にてモルガン・デュブレ。
2006年度秋季~マルニのコレクションのその舞台裏にてモルガン・デュブレ。

フランス共和国の南の外れに連なり、『紺碧の海岸』―そう称えられもする優美なる渚、それがコートダジュール。地中海のゆるやかな水面に臨んでその一角を成す歴史あるニースの町に生まれたモルガン・デュブレは、16歳のときにモデルとしてのスカウトを受けるもそれを断り、大学入学のための資格―バカロレア―を取得したのち、この国に歴史ある超精鋭の教育機関群―グランゼコール―の一角を担う高等師範学校へと進学するために首都のパリへと移った。

そうして進んだ高校を首席で卒業し、2004年・・・おおよそ18歳というときに、パリに本拠を置くヴィヴァというモデル事務所と契約。それからすぐに母国の『ファッションの都』―パリから更にはイタリアのミラノに赴いたうえで、ジル・サンダーとジョン・ガリアーノという著名なファッションブランドの秋季のコレクションを飾ることになり、そこにモデルとしての本格的な経歴の始動を見たのであった。

やがてアメリカ合衆国のニューヨークに本拠を置くDNAという名高いモデル事務所との契約を得たうえで、イッセイ・ミヤケ、ジュンヤ・ワタナベ、リー・サンボン、ミスペラエール、ヨージ・ヤマモト、・・・なぜか年の仕事の多くを日本系のファッションブランド群のコレクションに費やし、ニューヨークの地のショーにて2004年を締めくくった。

2007年度秋季~トミー・ヒルフィガーのコレクションにそのランウェイを歩くモルガン。
2007年度秋季~トミー・ヒルフィガーのコレクションにそのランウェイを歩くモルガン。

2005年に入り、さっそく1月にジャン・ポール・ゴルチエの春季のコレクションをパリで修飾すると、すぐにヴォーグ誌のドイツ版に登場。8月には同誌のロシア版に登場し、その表紙を飾った。そしてそれより例年の仕事となってゆくヴィクトリアズ・シークレットのショーで年を締めくくるのである。

アルゼンチン出身のミラグロス・シュモールとベラルーシ出身のターニャ・ディアヒレヴァとともにジャン・ポール・ゴルチエの広告塔となった2006年には、ヴォーグのフランス版、そしてマリ・クレール誌で特集を受け、2007年になるとすぐにアン=ヴァレリー・アッシュ、アルマーニ・プリヴェ、クリスチャン・ディオール、クリスチャン・ラクロワ、ジャン・ポール・ゴルチエらのコレクションの仕事で春季を過ごしてゆく。

歴史あるハーパース・バザー誌に現われもしたこの年には、ジョルジュ・レッシュというフランス発の歴史あるファッションブランドの広告塔への起用を受け、5月にあっては母国の名高いカンヌ国際映画祭の場にジャン・ポール・ゴルチエと連れ立ってその顔を見せた。更にはクリスチャン・ディオールのガウンを携え9月にヴォーグ誌イタリア版に登場。クリスチャン・ラクロワ、エルメス、ジョン・ガリアーノ、ヴィクター・アンド・ロルフ、・・・こうした錚々たるファッションブランド群のショーを飾り、パリに年度の幕を下ろす。

そのキャリアもおおよそ4年目となった2008年に至っては、アルマーニ・プリヴェ、クリスチャン・ディオール、ジャン・ポール・ゴルチエなどといったブランド群のショーで年度の幕を開け、9月になるとニューヨークへ飛び、レバノンに端を発するリーム・アクラのショーに現われた。

2006年度春季のラコステのコレクションのその舞台裏にて、アメリカ合衆国出身のサラ・ジフ(中)とドイツ出身のルカ・ガジャス(右)とともにモルガン。
2006年度春季のラコステのコレクションのその舞台裏にて、アメリカ合衆国出身のサラ・ジフ(中)とドイツ出身のルカ・ガジャス(右)とともにモルガン。

その経歴のうえで飾ってきた広告の数々は、ディオール、ジョルジュ・レッシュ、ジャン・ポール・ゴルチエ、ロシャスの香水―『ソレイユ』、・・・。

飾ってきたコレクション―歩いてきたランウェイの数々は、イッセイ・ミヤケ、ジュンヤ・ワタナベ、リー・サンボン、ミスペラエール、ワイズ、ヨージ・ヤマモト、アレキサンダー・マックイーン、アンドリュー・ゲン、ジル・サンダー、ランヴァン、ロエベ、ルイ・ヴィトン、ミッシェル・クラン、パコ・ラバンヌ、ズッカ、アン=ヴァレリー・アッシュ、シャネル、クリスチャン・ディオール、クリスチャン・ラクロワ、ジャン・ポール・ゴルチエ、アツロウ・タヤマ、ブディスト・パンク、カルヴァン・クライン、チヴィディーニ、コステロ・タグリアピエトラ、コスチューム・ナショナル、シンシア・ステフィ、ドルチェ・アンド・ガッバーナ、エマニュエル・ウンガロ、エミリオ・プッチ、フェンディ、グッチ、エルメス、フセイン・チャラヤン、ジル・スチュアート、ジョン・ガリアーノ、ケネス・コール、ラコステ、ラガーフェルド・ギャラリー、レラ・ローズ、リリー・ピュリッツァー、ルカ・ルカ、マックス・マーラ、ミリー、ミッソーニ、モニーク・リュイリエー、ニナ・リッチ、プロエンザ・スクーラー、ラルフ・ローレン、ロベルト・カヴァリ、ローランド・モーレット、テューラ、
2007年度秋季のマックスアズリアのコレクションの舞台裏にて、ポーランド出身のマグダレナ・フラッコウィアック(右)とともにモルガン。
2007年度秋季のマックスアズリアのコレクションの舞台裏にて、ポーランド出身のマグダレナ・フラッコウィアック(右)とともにモルガン。
ヴェラ・ウォン、ヴィクター・アンド・ロルフ、ザック・ポーゼン、アルマーニ・プリヴェ、ベナーズ・サラフプール、ボッテガ・ヴェネタ、キャロリーナ・ヘレラ、セリーヌ、チャイケン、クスト・バルセロナ、ドゥー・リー、ドリス・ヴァン・ノッテン、エルマンノ・シェルビーノ、ジャスト・カヴァリ、ケンゾー、マーク・ジェイコブス、マルニ、マイケル・コース、オスカー・デ・ラ・レンタ、アルベルタ・フェレッティ、ポリーニ、ソニア・リキエル、ステラ・マッカートニー、イーガル・アズルーエル、エリー・サーブ、アンナ・モリナーリ、バッジェリー・ミシュカ、ビル・ブラス、ラ・ペルラ、ヴェルサーチ、ヴンダーキント、ワイ・アンド・ケイ、6267、アクリス、アナ・スイ、ビージービージー・マックス・アズリア、バナナ・リパブリック、バーバリー・プローサム、ビブロス、クロエ、ディーチェ・カヤック、ジュリアナ・テーゾ、ジャスミン・ディ・ミロ、カール・ラガーフェルド、ナイーム・カーン、プリングル・オブ・スコットランド、トレンド・レ・コパン、DKNY、ロック・アンド・リパブリック、サルヴァトーレ・フェラガモ、TSE、テンパリー・ロンドン、Y-3、アマンダ・ウェイクリー、シェール・ミッシェル・クラン、コレット・ディニガン、マーガレット・ハウエル、マリオス・ショワブ、ポール・スミス、プリーン、リュ・ドゥ・マイユ、シビラ、トミー・ヒルフィガー、ヴァネッサ・ブリューノ、・・・。

暗めの茶色の髪に茶色の瞳。その身長おおよそ1.80m。アンニャ・ルービック、シャーロット・ディ・カリプソ、ミラグロス・シュモール、ヌート・シアー、ラケル・ジマーマン、・・・こうした同業者らに加えて、特に同郷のファッションデザイナーたるジャン・ポール・ゴルチエとの深い交流を持ち、趣味は水泳。

そんなモデル―モルガン・デュブレは、その経歴のうちにトップモデルとしての認知を得るまでになってからも、母国のパリに居を置き続け、『才色兼備のモデル』―かようの触れを欲しいままにしつつ、今日も大いなる美の舞台にありその輝きを放ち続けている。

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