エカテリーナ・キセリョーワ

ロシア出身の女性モデル―エカテリーナ・キセリョーワ(Екатерина Киселёва - Ekaterina Kiseleva)〔1987年2月22日生〕

ベナーズ・サラフプールのショーの舞台裏にてエカテリーナ 2007年9月
ベナーズ・サラフプールのショーの舞台裏にてエカテリーナ 2007年9月

ユーラシアの遥かなる極北にあまりに雄大なるその国土とともに横たわる大国―ロシア。

間もなく激変の時を見ようとしていたこの大地のシベリア~その内陸に佇むチュメニという地にその生を享けたエカテリーナは、10代の前半というあまりに若き時代にあってモデルとしての経歴の胎動を迎え見た。

西暦2001年~地元に催されたモデル関係のとある大会に参戦したエカテリーナは、そこでこの業界の者からの『発掘』を受ける。・・・14歳の時のことであった。

ところがそれからすぐさまその名の勃興を見たというわけではなく、その活動が本格的に始動したのはそれからしばしの年月を経てからのことであった。

かの『発掘』の時からおおよそ3年の時を経て2004年~母国ロシアの『スプリーン(Сплин)』という人気バンドの『ロマンス(Романс)』という楽曲の映像に登場したエカテリーナは、更に年を跨いで『トップモデルの登龍門』と言えようイタリア版のヴォーグ誌に登場。

イヴ・サン・ローランのランウェイを歩くエカテリーナ 2007年度春季
イヴ・サン・ローランのランウェイを歩くエカテリーナ 2007年度春季

・・・自身初の雑誌への露出の経験であったその仕事を終えたのちに、2006年を迎えると、イタリアの歴史ある『ファッションの都』―ミラノに赴いたうえで、この国の生んだアレッサンドロ・デラクアというファッションブランドのショーに出場。

そうしてめくるめくランウェイの世界へのデビューを成したエカテリーナは、年も後半にあたってフランスの『モードの都』―パリへと赴き、ルイ・ヴィトンというあまりに高名なファッションブランドの春季のショーの仕事をこなした。

『WWD』―『ウーマンズ・ウェア・デイリー』―という歴史あるファッション誌への『今季の新人』としての登場とともに開幕した2007年は、その後半にあたりクレイグ・マクディーンというイギリス人写真家の撮影を受けて『W』という雑誌に登場。

ヴォーグ誌の母国ロシア版の頁中にエカテリーナ 2007年9月
ヴォーグ誌の母国ロシア版の頁中にエカテリーナ 2007年9月

パオロ・ロヴェルシというイタリア人写真家の被写体となったうえでイギリス発のトップショップというファッションブランドの広告を飾り、それから間もなくして母国ロシア版のヴォーグ誌に姿を現す。

パリのファッション・ウィークへの出場を見据えて自身の金髪を暗めの茶髪に染めたこの年を閉幕し、その実質的なキャリアも3年の時を廻った2008年を開幕すると、さっそく母国版のロフィシェル誌の表紙に登場。

更には立て続けざまに今度は同誌の日本版の表紙に輝き、それから年の後半に掛けて、ハーパース・バザーのイギリス版に~ヴォーグ誌フランス版の特別号に~そしてイタリアの『ベルベット』の表紙に~数多の雑誌の仕事を請負。

カール・ラガーフェルドのショーの舞台裏にて~ナミビア出身のベハティ・プリンスルー(左)とイギリス出身のジョージア・フロスト(右)とともにエカテリーナ 2007年度秋季
カール・ラガーフェルドのショーの舞台裏にて~ナミビア出身のベハティ・プリンスルー(左)とイギリス出身のジョージア・フロスト(右)とともにエカテリーナ 2007年度秋季

年もその暮れを迎えた頃には、自身二度目にあたるロフィシェル母国ロシア版の表紙を飾った。

その経歴のうちに飾ってきたコレクション―歩いてきたショーの数々は、アンドリュー・ゲン、アントニオ・ベラルディ、バレンシアガ、ブルマリン、キャシャレル、カルヴァン・クライン、クロエ、コスチューム・ナショナル、ドルチェ・アンド・ガッバーナ、グッチ、ハイダー・アッカーマン、ケンゾー、ルイ・ヴィトン、ミュウ・ミュウ、トレンド・レ・コパン、イヴ・サン・ローラン、アレッサンドロ・デラクア、ベナーズ・サラフプール、DKNY、ダックス(ジャイルズ・ディーコン)、ダイアン・フォン・ファステンバーグ、ディーゼル・スタイルラボ、ダナ・キャラン、ジャンフランコ・フェレ、ヘザレット、フセイン・チャラヤン、アイスバーグ、ジャスミン・ディ・ミロ、ジョアンナ・マストロヤンニ、カール・ラガーフェルド、レラ・ローズ、マーロ、マーク・ジェイコブス、ミス・シックスティ、モニーク・リュイリエー、ナルシソ・ロドリゲス、Phi、プロエンザ・スクーラー、リチャード・チャイ、ラフィアン、スポートマックス、テル・エ・バンティーヌ、テレクソフ、サクーン、テューラ、ヴァネッサ・ブリューノ、ヴンダーキント(ヴォルフガング・ヨープ)、6267、アレキサンダー・ワン、アマンダ・ウェイクリー、アンジェロ・マラーニ、アン・ヴァレリー・アッシュ、アンテプリマ、アクアスキュータム、アルマンド・バジ、ベルスタッフ、ベティ・ジャクソン、クリストファー・ケイン、ディーチェ・カヤック、ドリス・ヴァン・ノッテン、アーデム、ジャイルズ・ディーコン、イザベル・マラン、ジョナサン・サンダース、ジュンコ・シマダ、ジャスト・カヴァリ、マーク・バイ・マーク・ジェイコブス、ミッソーニ、モスキーノ、ニコル・ファーリ、ポール・アンド・ジョー、ポリーニ(リファット・オズベック)、ロクサンダ・イリンチック、ソフィア・ココサラキ、スー・ステンプ、VPL、ヴァレンティノ、・・・。

染め上げた茶髪に青の瞳。その身長おおよそ1.76m。ユージニア・マンドズィエワ、マーシャ・ノヴォセロワ、ナターシャ・ポーリー、ヴラダ・ロスリャコワ、・・・こうした同郷者らを始めとして、ディアナ・モルドヴァン、エリザ・セドゥナウィ、レア・ディ・ワヴリン、パウル・パヴロフスカ、・・・こうした同業者らとの交友を持つ。

バスケットボールが趣味で、その舌には一個のピアス。しばしばイーカット・キセリョーワ(Ekat Kiseleva)―そう名乗ることがある。

そんなモデル―エカテリーナ・キセリョーワは、この世界の『売れっ子街道』の上にあることを思わせるほどの勢いを見せることは未だ無きながらも、諸国の数多のモデル事務所らからの後押しを受けつつ、今日もどこかの『美』と『装い』の肖像に彩を送り続けている。

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