エステバン・コータザー

なによりもエマニュエル・ウンガロのデザイナーとしてその名を知られるコロンビア出身のファッションデザイナー、それがエステバン・コータザー(Esteban Cortazar)〔1984年5月17日生〕

エステバン・コータザー、その肖像。
エステバン・コータザー、その肖像。

コロンビア共和国の首都―ボゴタにて、ジャズ歌手と画家という両親のもとでその生を享けたエステバンは、いつしかアメリカ合衆国に渡り、フロリダ州のマイアミで育った。

ファッション業界との関わりを初めて持ったのは13歳のとき―トッド・オールダムというゲイのファッションデザイナーに自身の絵をよく見せていた頃だった。ファッション・キャピタル―ニューヨークにて開かれた彼の展示会に赴いたある時には、ブルーミングデールズという百貨店のある幹部に自らを売り込み、それをきっかけとして自身の個展を開く機会を得るなどもした。

ナオミ・キャンベル、カルメン・カースとともにエステバン。まず間違いなくゲイであろう。
ナオミ・キャンベル、カルメン・カースとともにエステバン。まず間違いなくゲイであろう。

2003年―おおよそ19歳というときに自身のブランドを起こし、『マイアミ・インターナショナル・ファッション・ウィーク』という名のファッション・ウィークにそのコレクションを開いた。これはこのファッション・ウィークの歴史上、実に最年少の参加であった。

そんなエステバンに大きな転機が訪れたのが2007年の暮れのことであった。

―20世紀フランス発の名ファッションブランド、エマニュエル・ウンガロからの抜擢を受け、23歳という若さにしてそのヘッド・デザイナーに就任することになったのである。

世界的に名のある者を含む18名のデザイナーらの中から選ばれたエステバンについて、時のエマニュエル・ウンガロのCEO(最高経営責任者)は次のような声明を明かしている。

―『エマニュエル・ウンガロは若いデザイナーを探していた。ブランドを若返らせる必要があったのだ。エステバン・コータザーはその年齢からは考えられないほどに成熟しており、それを理解している。』...

かくして世界に名だたるファッションブランドの顔となったエステバン・コータザーは、エマニュエル・ウンガロにおけるその活動に集中するためにとのことで、自らのブランドの諸活動―コレクションを停止。

そうして歴史あるこのファッションブランド―エマニュエル・ウンガロを率いて、今日も『装い』の世界にその名をしかと知らしめ続けている。

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