サラ・ステファンズ
オーストラリア出身の女性モデル―サラ・ステファンズ(Sarah Stephens)〔1990年6月2日生〕。
太平洋のあまりに遥かなる海原のその南方に浮かぶ、自然の恵みと広大余りある大地の島国―オーストラリア。
この国のうちの南―その更に東の外れに佇むシドニーという名の海辺の大都市にてその生を受けたサラは、自身の10代の半ばを過ぎたばかりという頃にあって、この国に開かれた『ガールフレンド・モデル・サーチ』という名のモデル関係のイベントに参戦した。
・・・2006年―時におおよそ16歳。そこでついには優勝を飾ったサラは、地元シドニーのシック・マネジメントというモデル事務所との契約を得て、やがて地元でモデル業を開始。
そんな『始動』の年に幕を下ろし、2007年の幕を開いてしばしの月日を送ったのちに、年も後半にあたって母国オーストラリアの『ラッシュ』という人気ファッション雑誌の表紙に登場し、更にはオーストラリア版のヴォーグに姿を現した。
続けてリチャード・ベイリーという写真家の被写体となったうえで、年の暮れ時のヴォーグ誌オーストラリア版に再びその姿を見せ、そして年を跨いですぐという頃に、またもこの写真家による撮影を受けて同誌に登場。
そうして迎えた2008年―自身のキャリアが3年の時を廻ったこの年にあっては、海を跨いで遠くロシアのヴォーグに姿を現したのちに、その仕事―モデル業―の追求のためにとのことで、太平洋を大きく越えて米国へと移住。
『ファッション・キャピタル』―ニューヨークの地に拠点を定めたサラは、さっそくこの街を舞台として、ランバンというフランス発のあまりに歴史あるファッションブランドの展示会の仕事を請負。
ジェイソン・ウー、ホルストン、ジェイ・メンデル、テューラ、・・・こうしたファッションブランドのショーを飾って年度の春季に花を添えたのちに、米国発のヴィクトリアズ・シークレットというファッションブランドの年度のファッションショーに登場。
やがてフランスの『レビュー・デ・モード』というファッション雑誌の秋季/冬季版の表紙を飾り終え、同時に自身の『上昇』の時期であったと言えたこの年を終えたのであった。
その経歴のうちに飾ってきた広告の数々は、バルドー、ボンズ、フォーエヴァー・ニュー、グリーン・ウィズ・エンヴィー、ジャスト・ジーンズ、スビ、ラコステ、リーバイス、リサ・ホー、モリッシー、ピーター・アレキサンダー、サス・アンド・バイド、シュヴァルツコフ、スポーツガール、サンシルク、タイガーリリー、ウィッシュ、・・・。
濃褐色の髪に淡褐色の瞳。その身長おおよそ1.76m。キャサリン・マクニール、アビー・リー、スカイ・ストラック、・・・こうした同郷の同業者らや、カルメン・ペダル、カーリー・クロス、・・・こうした異郷の同業者らとの交友を持つ。
クラリネット弾きとネットボールとが趣味で、ザ・キュアーとレディオヘッド―ともに英国発のこれら2組のロックバンドの楽曲を愛聴。
そんなモデル―サラ・ステファンズは、若くして足を踏み入れることになったこの『美』の世界にあって、その名を大きく馳せしめるほどの勢いを見せることは未だ無くも、自身の彩りとともに今日も刻々と留まり続けている。
資料
- Sarah Stephens - Fashion Model - Profile on New York Magazine
- Profile of fashion model sarah stephens - ファッション・モデル・ディレクトリ