シェーネベルク

ドイツ連邦共和国の首都ベルリンの南の外れに位置するシェーネベルク(Schöneberg)―この町は、テンペルホーフ・シェーネベルク(Tempelhof-Schöneberg)と呼ばれる地区の一画でありつつ、接するテンペルホーフとともに13世紀と言われる頃からの歴史をそこに刻んでいる。

ある冬の日に沈むシェーネベルクの線路とグラフィティ
ある冬の日に沈むシェーネベルクの線路とグラフィティ

この町の名が現れる記録は、13世紀―1264年のものが最古であると言われている。時を大きく下って18世紀―1751年、この地にノイ・シェーネベルク(Neu-Schöneberg/Böhmisch-Schönebergとも)が起こされ、それから9年を経た1760年の10月7日―村は7年戦争(Siebenjähriger Krieg)に伴うオーストリア人とロシア人による攻撃を受け、村の教会とともに完膚なきまでの壊滅を迎えることになる。

近代に入り、19世紀もその幕を下ろそうとする頃―1898年にシェーネベルクは自治体としての再編を向かえる。20世紀に入り、1914年にはその市庁舎(Rathaus Schöneberg)が完成し、それから6年後の1920年をもって西隣のフリーデナウ(Friedenau)と合併した。

更に時を下って21世紀。それまで独立した町であったシェーネベルクも、2001年をもってテンペルホーフと合併、かくしてテンペルホーフ・シェーネベルクの一部となった。

町の中心部にノレンドルフプラッツという場所がある。ワイマール共和制と呼ばれる時代にあたる1920年代から1930年代にかけて、このノレンドルフプラッツは同性愛者たちの聖地となっていた。

やがて時代がナチスの台頭を見たとき、その街路の通り―モッツシュトラーセ(Motzstraße)に軒を連ねた店も閉鎖の憂き目を辿ったのであった。時を下って復興を見たノレンドルフプラッツの街は、今もベルリン随一の同性愛者たちの街としての名を知らしめ、歓楽の街の彩をたたえている。

資料