シャネル・イマン

アメリカ合衆国出身の女性モデル―シャネル・イマン(Chanel Iman)〔1989年11月30日生〕

笑うシャネル・イマン―2007年9月9日、ニューヨークはブライアント・パークに開かれたとあるファッション・ウィークの現場にて。
笑うシャネル・イマン―2007年9月9日、ニューヨークはブライアント・パークに開かれたとあるファッション・ウィークの現場にて。

アフリカ系アメリカ人の父親、そしてアフリカ系アメリカ人と朝鮮系アメリカ人の混血という母親―チャイナ・ロビンソン―のもとで、すぐ東方に大いなる大西洋の海原を見据えるジョージア州―そのアトランタという大都市にシャネル・イマン・ロビンソン(Chanel Iman Robinson)という名前を持って生まれたシャネルは、それからすぐに西へ西へ・・・その家族とともにカリフォルニアのロサンゼルスへと移った。

カリフォルニアのカルヴァー・シティという町で育ったシャネルは、やがてロサンゼルスの高校を卒業。その日々に転機が訪れたのは2006年のことだった。

―フォードの主催するスーパーモデルのコンテストに参戦し、結果として3位にまで上り、5万ドルの賞金を勝ち取ったのである。

そして同年に母国の『ファッション・キャピタル』―ニューヨークにて、アナ・スイ、デレク・ラム、マーク・ジェイコブス、プロエンザ・スクーラーといったブランド群の秋季のコレクションを歩き、モデルとしての経歴をそこに始動したのであった。

シャネル―2008年、エマニュエル・ウンガロの秋季コレクションのランウェイをゆく。
シャネル―2008年、エマニュエル・ウンガロの秋季コレクションのランウェイをゆく。

それからというもの、毎年毎季にわたって数多のブランド群のコレクションを歩いてゆくことになったシャネルは、そうした仕事の傍らで、2007年にあっては、タイム誌の『スタイル&デザイン』の誌面に、カナダ出身のココ・ロシャ、そして中国出身のドゥ・ジュアンという2人の同業者らとともにその姿を現した。

更に、ドウツェン・クロエ、キャロライン・トレンティーニ、ラケル・ジマーマン、サーシャ・ピヴォヴァロヴァ、アギネス・ディーン、ココ・ロシャ、ジェシカ・スタム、ヒラリー・ローダ、リリー・ドナルドソン、・・・これら9名の同業者らとともに、スティーブン・マイゼルという名高い写真家の手による撮影を受け、『ヴォーグ』という著名なファッション雑誌の米国版の表紙を飾ることになった。

そのキャリアも3年目を迎えた2008年にあっては、さっそくギャップとラルフ・ローレンの春季の広告に登場し、パトリック・デマルシェリエというフランス人写真家の被写体となったうえで、カーリー・クロスアリ・マイケルという同郷のモデルらとともにティーン・ヴォーグ誌の表紙を修飾。

シャネル―2008年2月6日、ニューヨーク・ファッション・ウィークを舞台に、アナ・スイの秋季コレクションのランウェイをゆく。
シャネル―2008年2月6日、ニューヨーク・ファッション・ウィークを舞台に、アナ・スイの秋季コレクションのランウェイをゆく。

同郷のレイチェル・クラークとナミビア出身のベハティ・プリンスルーとともにヴィクトリアズ・シークレットの『ピンク』の広告塔への起用を受け、そうして年も後半になると、イギリス出身のジョーダン・ダンとともにヴォーグ誌米国版に登場し、やがては母方の御先祖様にゆかりの大韓民国のヴォーグ誌の表紙を飾った。

その経歴のうえで飾ってきた広告の数々は、バーニーズ・ニューヨーク、ボッテガ・ヴェネタ、ダナ・キャラン・ニューヨーク、ギャップ、ラルフ・ローレン、サックス・フィフス・アヴェニュー、ユナイテッド・カラーズ・オブ・ベネトン、・・・。

飾ってきたコレクション―歩いてきたランウェイの数々は、3.1・フィリップ・リム、アダム+イヴ、シャルル・ノラン、クスト・バルセロナ、ダナ・キャラン・ニューヨーク、ニコール・ミラー、トリー・バーチ、アイグナー、アレッサンドロ・デラクア、アレキサンダー・マックイーン、アナ・スイ、バッジェリー・ミシュカ、ボッテガ・ヴェネタ、コスチューム・ナショナル、シェール・ミッシェル・クラン、デレク・ラム、ドルチェ&ガッバーナ、ダナ・キャラン、エルマンノ・シェルビーノ、フセイン・チャラヤン、アイスバーグ、イッセイ・ミヤケ、ケンゾー、マーク・ジェイコブス、マウリツィオ・ペコラーロ、ミッソーニ、モスキーノ、ナネット・レポー、ピーター・ソム、プロエンザ・スクーラー、ソニア・フォルトゥーナ、ステラ・マッカートニー、テンパリー、ヴァレンティノ、ウィロー、アン=ヴァレリー・アッシュ、
シャネル―ラルフ・ローレンの2008年度春/夏季のコレクションの広告を飾る。
シャネル―ラルフ・ローレンの2008年度春/夏季のコレクションの広告を飾る。
アンジェロ・マラーニ、セリーヌ、ダイアン・フォン・ファステンバーグ、ドゥー・リー、ディースクエアード、エマニュエル・ウンガロ、エリン・フェザーストン、フランキー・モレロ、ジュリアナ・テーゾ、エルメス、マックスマーラ、マイケル・コース、モニーク・リュイリエー、オスカー・デ・ラ・レンタ、ロダルテ、ラフィアン、サルヴァトーレ・フェラガモ、ザック・ポーゼン、ジャン・ポール・ゴルチエ、アルベルタ・フェレッティ、アレキサンダー・ワン、アンテプリマ、ベルスタッフ、カルロス・ミーレ、クリスチャン・ディオール、クリスチャン・ラクロワ、エトロ、ジャンバティスタ・ヴァリ、ジェレミー・スコット、ジョン・ガリアーノ、ジャストスウィート、グウェン・ステファニー(香水)、ラ・ペルラ、ルイ・ヴィトン、マルケッサ、ポール&ジョー、ポリーニ、ポーツ1961、ラルフ・ローレン、ティビ、トレンド・レ・コパン、トロヴァータ、ヴェラ・ウォン、イヴ・サン・ローラン、イヴ・サン・ローラン(リヴ・ゴーシュ)、アクリス、アンゲロス・フレンゾス、ビーシービージー・マックス・アズリア、ビル・ブラス、ダックス、ギャップ、ジェイソン・ウー、リーム・アクラ、・・・。

濃ゆめの茶髪に茶色の瞳。おおよそ1.75mの身長にして、おおよそ50kgの体重。アギネス・ディーン、アリ・マイケル、ブレア・ペック、クリスタル・レン、ダーラ・ベイカー、イマン・アブドゥルマジド、カーリー・クロス、ケイト・ソマーズ、ターニャ・ディアヒレヴァ、タイラ・バンクス、・・・などなどといった同業の者らとの親交を持ち、ビヨンセの名を―憧れの人物としてか―挙げることがしばしば。

そして『有名な黒人モデル』の好例の一人としてその名を挙げられることしばしば。

そんなモデル―シャネル・イマンは、そのデビューからというもの休む間もなく数多のランウェイを飾り、ニューヨークにその居を定めつつ、今日も『美』の大舞台にその輝きを放ち続けている。

ギャップ~デザイン・エディション~の2008年度春/夏季の広告を7名のモデルらとともに飾ったシャネル―左から、イリナ・ラザレアヌ、ドゥ・ジュアン、リリー・ドナルドソン、ドウツェン・クロエ、シャネル、ジェシカ・スタム、キャサリン・マクニール、アンニャ・ルービック。
ギャップ~デザイン・エディション~の2008年度春/夏季の広告を7名のモデルらとともに飾ったシャネル―左から、イリナ・ラザレアヌドゥ・ジュアン、リリー・ドナルドソン、ドウツェン・クロエ、シャネル、ジェシカ・スタム、キャサリン・マクニール、アンニャ・ルービック

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