スカイ・ストラック
オーストラリア出身の女性モデル―スカイ・ストラック(Skye Stracke)〔1990年12月4日生〕。
太平洋のあまりに雄大な海原のその南の外れに浮かぶ大地の恵み豊かなる島国―オーストラリア。
大いなる国土とともにあるこの国のまさに西の外れにあって、パース―寄せてはまた返す波の恵みに彩られたこの大きな町にその生を享けたスカイは、10代の半ばといううら若き時代にありながらモデルの世界へと足を踏み入れた。
2005年~時におおよそ15歳。この国との深い縁を持つイギリスという国の生んだヴィヴィアン・ウエストウッド―このファッションブランドがこの国に開いたとあるモデル発掘の大会に参戦したスカイは、そこでついには優勝を獲得。
それからおおよそ2年の時を経て2007年にあたり、米国の『ファッション・キャピタル』―ニューヨークのDNAという名門モデル事務所との契約を得たスカイは、更にそれから一ヶ年を越えて2008年―。
ニューヨークへと赴いたうえで、3.1フィリップ・リム、アナ・スイ、ダイアン・フォン・ファステンバーグ、ラコステ、・・・こうしたファッションブランドのショーに出場。
そうしてめくるめくランウェイの世界へのデビューを成したスカイは、続けてフランスの歴史ある『モードの都』―パリの街へと赴いたうえで、セリーヌ、ジャンバティスタ・ヴァリ、ランヴァン、ニナ・リッチ、・・・こうしたファッションブランドのショーを飾った。
自身の本格的なキャリアのわずか2年目に過ぎなかったこの年は、モデル―スカイ・ストラックにとっての『躍進』の始まりの時期でもあった。
母国オーストラリア版のヴォーグ誌に登場し、同じくオーストラリア出身のアリス・バーデューとステファニー・カルタという2名の女性モデルらとともに『ただ今上昇中のスター』としての特集の機会に恵まれたうえ、『ヌメロ』の日本版に登場。
それから程なくしてニューヨーク・マガジンの秋季版に~そして日本版のヴォーグ誌に登場すると、パリとイタリアのミラノ~そしてニューヨークという名のある『ファッションの都』たる街々を舞台に、ダイアン・フォン・ファステンバーグ、エンポリオ・アルマーニ、ミッソーニ、シャネル、クリスチャン・ラクロワ、ニナ・リッチ、・・・名のある数多のファッションブランドのショーの仕事をこなしていった。
やがてそのキャリアも3年の時を廻った2009年を迎えると、テリー・リチャードソンという高名なファッション写真家の被写体となったうえで、ナミビア出身のベハティ・プリンスルーと韓国出身のカン・ヒョニという2名のモデルらと並び、フランス発のラコステという歴史あるファッションブランドの仕事を請負。
シャネルとクリスチャン・ラクロワという、ともにフランス発の名高いファッションブランドのクチュールのショーをパリの街に飾った末に、イタリアの『フレア』という雑誌にその姿を披露した。
その経歴のうちに飾ってきたコレクション―歩いてきたショーの数々は、アキコ・オガワ、シャネル、クリス・ベンツ、クリップス、コレット・ディニガン、ダイアン・フォン・ファステンバーグ、ディーチェ・カヤック、エンポリオ・アルマーニ、エンリコ・コヴェリ、アイスバーグ、カレン・ウォーカー、ケンゾー、ラコステ、ニナ・リッチ、シャロン・ワコブ、・・・。
金髪に青の瞳。その身長おおよそ1.77m。アビー・リー、サラ・ステファンズ、ステファニー・カルタ、・・・こうした同郷の同業者らをはじめ、アリ・マイケル、ディアナ・ファルクリナ、マッケンジー・ハミルトン、マディシン・リットランド、マーサ・ストレック、シモーナ・マッキンタイア、タリン・デヴィッドソン、・・・こうした同業者らとの交友を持つ。
そしてマーク・ジェイコブス、プラダ、カルヴァン・クライン、・・・こうした者らが自身のお気に入りのファッションデザイナー。
そんなモデル―スカイ・ストラックは、現われては消え・・・また現われてはいつしか消えまた現われ・・・代わりなど掃いて捨て切れるほどに湧いてくるこのモデルの世界にあって、紙媒体を中心としつつ見せた好調な始動を経て、この『美』の世界に着々と地歩を築き始めている。
資料
- Skye Stracke - Model Profile - Fashion on New York Magazine
- Profile of fashion model skye stracke - ファッション・モデル・ディレクトリ
- The Starting Lineup - Eye - Lifestyle News - WWD.com