ダニエラ・コシオ

メキシコ出身の女性モデル―ダニエラ・コシオ(Daniela Cosio)〔1986年1月11日生〕

イタリア~ローマ~とある下着ブランドのショーの舞台裏にてダニエラ・デ・ヘスス・コシオ 2008年2月18日
イタリア~ローマ~とある下着ブランドのショーの舞台裏にてダニエラ・デ・ヘスス・コシオ 2008年2月18日

北アメリカの南の端の地~そしてラテンアメリカの北の端の地にその国土を広げて横たわる合衆国―メキシコ。

遥かなる太平洋へと突き出したバハ・カリフォルニアという半島のその南端ほど近くにあるラパスという町にあって、ダニエラ・デ・ヘスス・コシオ(Daniela de Jesus Cosio)という名を持って生まれたダニエラは、もうすぐ10代を終えようという頃に『美』の世界との初めての接触を持つことになった。

2005年~ヌエストラ・ベジェサ・メヒコという、いわゆるミス・コンテストに類似した、この国で最有力の『美』の大会に参戦し、遂には次点へ。この『胎動』の年を越えて2006年には、母国メキシコの『バランス』という雑誌の表紙を飾った。

それからおおよそ1年の時を経て2007年になると、何らかのカタログの仕事をもってモデルの世界への本格的なデビューを飾り、ニューヨークから世界に展開するメジャー・モデルズというモデル事務所と契約。

ヴォーグ誌イタリア版の表紙を飾ったダニエラ 2007年10月
ヴォーグ誌イタリア版の表紙を飾ったダニエラ 2007年10月

さっそく北の隣国―アメリカ合衆国の『シンプリー・ザ・ベスト』と『パーム・ビーチ・イラストレイテッド』、そしてモデルの登竜門と言えもするイタリア版のヴォーグの表紙を飾り、そうして『始動』の年を終えたのであった。

そのキャリアも3年目に差し掛かった2008年にあっては、イタリアの『マキシム』という雑誌の表紙に姿を現し、遂にはめくるめくランウェイの世界へと足を踏み入れたのであった。

その経歴のうえで飾ってきた広告の数々は、アンティカ・ムリーナ、チリー、マルセル、ニューポート・ポラライズド、ヴィニ、・・・。

飾ってきたコレクション―歩いてきたショーの数々は、チャド・ラルフ・ルッチ、マラ・ホフマン、マルケッサ、プロジェクト・ランウェイ、ヴェナ・カヴァ、ヴェリエ、・・・。

薄茶色の髪に緑色の瞳。その身長おおよそ1.79m。多くの場合においてダニエラ・コシオまたはダニエラ・デ・ヘススという名をもっての指名を受け、米国出身のセシリー・ロペスとの交友を持つ。

そんなモデル―ダニエラ・コシオは、命を懸けて大河を越える多くの同胞らとは違い、いつしか合法的に国境を越えてアメリカ合衆国のファッション・キャピタル~ニューヨークへと落ち着いたうえで、『美』の大舞台に真新しきその記録を刻み始めている。

資料