デュルメン

ドイツの北西部―旧西ドイツの域内にあたるノルトライン・ヴェストファーレン州のコースフェルト郡の一画にそのデュルメン(Dülmen)という名の市はある。

デュルメンの町の象徴―14世紀の建造と推測されているリューティングハウザー・トアー(Lüdinghauser Tor)。
デュルメンの町の象徴―14世紀の建造と推測されているリューティングハウザー・トアー(Lüdinghauser Tor)。

キルヒシュピール(Kirchspiel)、ブルダーン(Buldern)、ハオスデュルメン(Hausdülmen)、ヒッディングゼル(Hiddingsel)、メアフェルト(Merfeld)、ロルプ(Rorup)、そしてデュルメンという7つの区域とともに森をたたえる田舎町で、農業地帯。

そんなデュルメンは、少なくとも西暦889年にはドゥルメンニ(Dulmenni)と呼ばれていたという。これがデュルメンとなったのが1131年の4月11日。メアフェルトは890年の開創で、ロルプは1050年の開創であった。

それから時も大きく下って19世紀になると、クロイ家(Croÿ)というヨーロッパの貴族が、1806年をもってその勢力圏とした。

第二次世界大戦によって町の90%が破壊されたが、戦後に復興された。1973年にはその人口が2万人に達し、1975年になるとキルヒシュピール、ブルダーン、ハオスデュルメン、ヒッディングゼル、メアフェルト、ロルプ―この6つの区域が合流して新たにデュルメンとなった。

観光が盛んなメアフェルトには、ドイツ最古の品種と言われている野生馬―デュルメン種―の生息する湿原があり、『野生馬の祭』と言われる祭事が毎年行われる。ほかには1989年に設立された音楽学校や、大きなスーパーマーケットが佇むだけの静かな田舎町。

ヨハネ・パウロ二世による列福を受けた19世紀の名修道女―アンナ・カタリナ・エンメリックや、国境を越えて大海を越えてその名を知らしめた映画女優―フランカ・ポテンテなどを育みもした小さな町―そんなデュルメンは、森の息吹とともに今も静かに生き続けている。

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