ドリス・ヴァン・ノッテン

『ベルギーの6人』のうちの一人に数え上げられるベルギー出身のファッション・デザイナー、そしてその名を冠してその名称としたファッションブランド―ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries van Noten)。

西暦1958年―父は紳士服の店を経営し、祖父は仕立屋を務め、・・・という、洋服屋の家系に生まれたドリスは、そうした家にあって、ファッションの世界との深い馴染みとともに育ち、1977年に地元のアントワープ王立芸術アカデミーというファッション関係の学校に入学し、デザインを専攻して学んだ。

同校を1980年に卒業したドリスのそのファッション・デザイナーとしての経歴が本格的に始動したのは、自身の紳士服のコレクションを連合王国のロンドンで開いた1986年のことだった。同じベルギー出身の5名のデザイナーら―『アントワープの6人』―とともに開いたこのコレクションにて支援者を獲得―それは自身のコレクションの商品化を実現するきっかけであった。

アントワープの市街に佇むその旗艦店―『ヘット・モードパレス』
アントワープの市街に佇むその旗艦店―『ヘット・モードパレス』

それからおおよそ3年後の1989年―地元のアントワープに『ヘット・モードパレス(Het Modepaleis)』という名の自らの店を開き、やがては大いなる海を越えて数多の都市に売り場を設け、日本の東京を含む幾らかの都市に専門店を開き、かくしてドリス・ヴァン・ノッテンは、ひとつの高級ブランドとしての国際的な認知をしだいに高めてゆくことになった。

2008年に至っては、カウンシル・オブ・ファッション・デザイナーズ・オブ・アメリカ(Council of Fashion Designers of America―『アメリカファッション協議会』)という、国際的に名高いファッションの賞を受けもし、種々の民族衣装からの影響が色濃くのぞく―としばしばそう評されるドリス・ヴァン・ノッテン

―そしてその担い手たるドリス・ヴァン・ノッテンは、その地元―アントワープに居を定め続け、フランスのファッションの都―パリをその主な発表の舞台に選び、この地から今日も止むことなく『装い』の美を発信し続けている。

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