ノレンドルフプラッツ

ドイツの首都―ベルリンはそのシェーネベルクの南部に位置するノレンドルフプラッツ(Nollendorfplatz)という一画は、時代が19世紀から20世紀へとうつろう頃から今に至るまで、ベルリンのなかで最も突出した同性愛者地帯として名のあるところで、ノレ(Nolle)やノリ(Nolli)との俗称を持つ。

宵闇のノレンドルフプラッツ
宵闇のノレンドルフプラッツ

同性愛者―いわゆるゲイやレズビアン―たちの憩いの場として知られてきたこの街は、特にその内を貫くモッツシュトラーセ(Motzstraße)という通りの界隈をもってその名を知らしめてきた。

後世にヴァイマル共和国と呼ばれる時代にあたる1920年代から1930年代の頃にあっては、興隆の時を謳歌していたようで、そうした同性愛者たちの集まる酒場などの店々が軒を連ねていた。特にこの地に1902年をもって開業したノレンドルフプラッツ駅の周辺が、彼ら彼女らの文化の中心地―いわば『聖地』となっていた。

―"ナチズムの犠牲となった同性愛者たちのために"
―"ナチズムの犠牲となった同性愛者たちのために"

しかるに時代がナチス・ドイツの台頭を見ると、同性愛者の排外を企図したその力の圧迫を受け、一時ながらも衰退の時を迎えることになる。

やがてそうした憂き目の時代も終わり、ノレンドルフプラッツはいつしかふたたび彼ら―彼女らの生息帯としての復興の時を見始めた。

ベルリンの町が西と東に分かれていたかの時代にあって、東ベルリンとの境界を間近に据えていたノレンドルプラッツ駅は廃駅として眠っていた。

その冷戦時代もその幕を下ろし、やがてベルリン地下鉄(Berlin U-Bahn)の駅として復活を遂げたこの駅には、ちょうどこの町に穿たれていた『世界の壁』―ベルリンの壁が崩壊した年にあたる1989年に置かれたものという、かの時代に迫害を受けた彼ら―同性愛者たちへの追悼の旨を記す銅板がぽつんと遺る。

妖しい色彩を放つバーや様々な遊興の店の立ち並ぶこの街―ノレンドルフプラッツは、過ぎた悲恋の時代の記憶もしだいに忘れ去られようとしている現代にあって、かくして衰えることなくその名を今に知らしめている。

資料