ブラッカリシャス

アメリカ合衆国のウェストコースト(West Coast)―いわゆる西海岸を根城に活動する、ギフト・オブ・ギャブ(MC)とチーフ・エクセル(Chief Xcel/DJ)とが構成するヒップホップ・デュオ、それがブラッカリシャス(Blackalicious)。高校時代に始まるコンビで織り成すふたりのそのフロウは、芸術的かつ知的な取り組みが特色―そのような評を受けもする。

ブラッカリシャス―ギフト・オブ・ギャブ(左)とチーフ・エクセル(右)
ブラッカリシャス―ギフト・オブ・ギャブ(左)とチーフ・エクセル(右)

ティモシー・パーカー(Timothy Parker)とゼイヴィア・モズリー(Xavier Mosley)―のちのギャブとエクセルは、カリフォルニア州サクラメントのジョン・F・ケネディ・ハイスクール(John F. Kennedy High School)という公立高校に在学していた時期、共通の友人を通して1987年に知り合った。翌88年にデュオを結成し、91年までの間に、『GTI』―『ジ・エレメンツ・オブ・サウンド(The Elements of Sound)』―『アトミック・リージョン(Atomic Legion)』との変遷を辿り、やがてブラッカリシャスという名に落ち着く。その卒業とともにギャブがロサンゼルスに移ったことで、一時は離れ離れになるも、絶やすことなくずっと電話連絡を取り合っていた。そしてついに1992年―カリフォルニアのデイヴィスにおいて再会するのである。

のちにUCデイビス(カリフォルニア大学デイビス校)に在学することになったチーフ・エクセルは、その時期に、DJシャドウ、リリックス・ボーンラティーフジェフ・チャンといった、ヒップホップを愛するUCデイビスの仲間たちとともに、ソールサイズ(Solesides)というヒップホップ・クルーを立ち上げる。インディーズのレコードレーベルでもあったこのクルーが、のちのクアナム・プロジェクツであった。

1992年にブラッカリシャスを正式に組んだギャブとエクセルは、それから2年後の1994年にその初SPとなるレコード―"スワン・レイク(Swan Lake)"を発し、アンダーグラウンドにあってそれなりの成功を収めることになる。更に翌年にそのデビューEPとなる『メロディカ(Melodica)』をリリースした。

1997年になるとそれまで付き合ってきたソールサイズがクアナム・プロジェクツに生まれ変わる。それから2年後の1999年に、2枚目のEPとなる『A2G』をこのレーベルからリリース。続けてその翌年に初のLP―19のトラックを収めたアルバム『ニア(Nia)』を発表した。このアルバムはメジャーレーベルのMCAレコーズ(MCA Records)との契約のきっかけにもなった。

2002年に発したLP―『ブレイジング・アロウ(Blazing Arrow)』は、クアナム・プロジェクツとあわせてこのメジャーレーベルからも発売。国内屈指のアルバムおよびEPの音楽チャート―ビルボード200(Billboard 200)―で49位にまで駆け上がるなど、実に豪勢な商業的成功を収めることになった。

それからおおよそ3年の時を経て、通算3枚目のLPとなる『ザ・クラフト(The Craft)』をリリース。数多の者らに影響を与えつつ―噂によるとエミネムとかいう青白いラッパーは臆面も無しにギャブのスタイルをパクった―、数多の仲間たちとともに今日も西海岸の風を伝え続け、アンダーグラウンド・ヒップホップの世界に燦然とその輝きを放っている。

目次

D

LP

  • Nia / 2000年
  • Blazing Arrow / 2002年
  • The Craft / 2005年

EP

  • Melodica / 1995年
  • A2G / 1999年

資料

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