マリナ・リンチュク

ベラルーシ出身の女性モデル―マリナ・リンチュク(Maryna Linchuk)〔1987年9月4日生〕

2007年度秋季~マシュー・ウィリアムソンのショーの舞台裏にてマリナ・リンチュク
2007年度秋季~マシュー・ウィリアムソンのショーの舞台裏にてマリナ・リンチュク

ソビエト連邦のもとにあって白ロシア共和国と称していた時代のベラルーシ―間もなく激変の時を迎えようとしていたこの国の首都ミンスクに生まれたマリナは、それからおおよそ19年の時を経たのちにモデルとしての経歴の歩みを始動した。

アメリカ合衆国の『ファッション・キャピタル』―ニューヨークにその本部を置くDNAモデルズというモデル事務所と2006年に契約したマリナは、その7月にさっそくハーパース・バザー誌のギリシャ版に登場。9月になるとフランスのパリに赴き、アレキサンダー・マックイーン、ステラ・マッカートニー、ジバンシー、・・・などといった名高いファッションブランド群のコレクションを飾ることになった。

・・・そしてそれからわずか2ヵ月後の11月には、ヴォーグ誌ポルトガル版の表紙を飾った。自身初の雑誌の表紙の仕事であった。

年も幕開け早々という頃にクリスチャン・ラクロワ、ジバンシー、ヴァレンティノなどのコレクションをパリで飾ることになった2007年には、同じく年の幕開けほどなくの頃にスティーヴン・マイゼルというあまりに名高い写真家の被写体となり、その写真をもってヴォーグ誌イタリア版に姿を見せる。

ヴェルサーチのコレクションのランウェイをゆくマリナ ―2008年度春季
ヴェルサーチのコレクションのランウェイをゆくマリナ ―2008年度春季

・・・7月になると同誌の中国版に登場し、その翌月にあっては、スティーヴン・マイゼルによる撮影を再び受けることになり、ポーランド出身のマグダレナ・フラッコウィアックとともにその写真をもってヴォーグ誌イタリア版の表紙に登場。アメリカ合衆国発のケネス・コールというファッションブランドの広告塔を務め、クリスチャン・ディオール、ジョン・ガリアーノ、ランヴァン、ステラ・マッカートニー、・・・こうしたブランド群のコレクションを飾りパリにて年の暮れを過ごした。

ベルスタッフ、ディースクエアード²、マルベリー、エスカーダ、・・・その春季よりこうしたブランド群の広告に姿を見せた2008年にあっては、これらのうちのディースクエアード²での仕事を通して、同郷のターニャ・ディアヒレヴァとポーランド出身のアンニャ・ルービックと対面。

4月になるとヴォーグ誌フランス版にてトップモデルとしての特集を受け、その翌月にはトム・ウェリングという男性ファッションモデルとともにまたもスティーヴン・マイゼルの被写体を経験―ヴォーグ誌に登場した。

アレッサンドロ・デラクアのコレクションの舞台裏にて~カナダ出身のジュリア・ダンストール(左)とともにマリナ ―2008年度春季
アレッサンドロ・デラクアのコレクションの舞台裏にて~カナダ出身のジュリア・ダンストール(左)とともにマリナ ―2008年度春季

その経歴のうちに飾ってきた広告の数々は、ベルスタッフ、クラブ・モナコ、ディースクエアード²、エスカーダの香水―『ムーン・スパークル』、ジョープ、ケネス・コール、マルベリー、ユナイテッド・カラーズ・オブ・ベネトン、ヴェルサーチ、・・・。

飾ってきたコレクション―歩いてきたランウェイの数々は、アレグラ・ヒックス、ボラ・アクス、イエンス・ラウガセン、エイミー・マクウィリアムズ、アクアスキュータム、ブルマリン、エマ・クック、ミチコ・コシノ、ポール・スミス、リチャード・ニコル、スポートマックス、6267、アレキサンダー・マックイーン、アンジェロ・マラーニ、ビーシービージー・マックス・アズリア、ボルボネーゼ、キャサリン・マランドリーノ、クリストファー・ケイン、シンシア・ステフィ、ドルチェ&ガッバーナ、DKNY、ダイアン・フォン・ファステンバーグ、ダナ・キャラン、ドゥー・リー、エリー・サーブ、エミリオ・プッチ、エリン・フェザーストン、ガエタノ・ナヴァッラ、ジャイルズ・ディーコン、
2008年度春季のエミリオ・プッチのショーの舞台裏にて、ポーランド出身のアンジャ・ルービック(左)とカシア・ストラス(右)とともにマリナ。
2008年度春季のエミリオ・プッチのショーの舞台裏にて、ポーランド出身のアンジャ・ルービック(左)とカシア・ストラス(右)とともにマリナ。
ジバンシー、グッチ、ケンゾー、クリスティーナ・ティ、ラコステ、マルケッサ、ミス・シックスティ、ニコル・ファーリ、プリーン、シンハ・スタニック、レベッカ・テイラー、ステラ・マッカートニー、セイ、テューラ、ヴェルサーチ、クリスチャン・ラクロワ、ヴァレンティノ、アルベルタ・フェレッティ、アレッサンドロ・デラクア、ベルスタッフ、ボッテガ・ヴェネタ、デレク・ラム、ディーゼル・スタイルラボ、ルカ・ルカ、ルエラ・バートリー、マーロ、マシュー・ウィリアムソン、マイケル・コース、ロック&リパブリック、ロダルテ、ワイ&ケイ、ザック・ポーゼン、バルマン、セリーヌ、クリスチャン・ディオール、コスチューム・ナショナル、エトロ、ジャンバティスタ・ヴァリ、ヘルムート・ラング、イザベル・マラン、ジョン・ガリアーノ、ランヴァン、ロエベ、マーク・ジェイコブス、マックスマーラ、ナルシソ・ロドリゲス、プロエンザ・スクーラー、ラルフ・ローレン、ヴィクター&ロルフ、イヴ・サン・ローラン、アナ・スイ、ビル・ブラス、シャネル、ダックス、フェンディ、ガイ・マッティオーロ、ホルストン、エルメス、エルベ・レジェ、カール・ラガーフェルド、ルイ・ヴィトン、ラグ&ボーン、サルヴァトーレ・フェラガモ、ジャン・ポール・ゴルチエ、・・・。

茶色の髪に青色の瞳。その身長おおよそ1.80m。仕事付き合いを持ったマグダレナ・フラッコウィアックターニャ・ディアヒレヴァをはじめ、シスリー・テルマン、ハイジ・マウント、ナターシャ・ポーリー、サーシャ・ピヴォヴァロヴァ、スネジャナ・オノプカヤナ・カルポヴァ、・・・こうした同業者らとの交流を持つ。

そんなマリナ・リンチュクは、いつしかアメリカ合衆国のニューヨークにその生活の居を定め、ファッションの―そしてモデルの世界に大きく名を馳せるほどの存在感は未だ持たぬながらも、今日もどこかの『美』と『装い』の舞台にあってささやかにその彩を送り続けている。

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