メーガン・コリソン
カナダ出身の女性モデル―メーガン・コリソン(Meghan Collison)〔1988年2月2日生〕。
西に太平洋を見据え・・・東に大西洋を見据え・・・北に北極海の凍て付く大海原を見据え続ける雄大なる北アメリカの大地に横たわる国―カナダ。その内陸に佇むエドモントンという名の大都市にあって、ミーガン・コリソン(Meagan Collison)という名でその生を享けたメーガンは、おおよそ18歳というときに転機を迎え見ることとなった。
2006年~3歳ほど年上のリサ・カントというモデルを輩出しもしたその地元―エドモントンの街にあって、とあるショッピングモールを舞台に開かれたモデル発掘のイベントの場で見い出されたメーガンは、やがて米国のニューヨークというあまりに名高い『ファッション・キャピタル』に移住。さっそくこの町に開かれたファッション・ウィーク―メルセデスベンツ・ファッション・ウィークの初日を飾った。
翌年―2007年になると、シュプリームというモデル事務所との契約を、更にはイタリアの歴史ある『装いの都』たるミラノのウーマンというモデル事務所との契約を得て、年の半ばにスティーヴン・クラインという高名なる写真家の個人的な被写体を経験。それからすぐにアレキサンダー・ワンという中国系アメリカ人ファッションデザイナーの年度のお披露目の仕事を請けた。
モデルとしての経歴が始動して間もないという年ながら、この2007年という年はささやかな躍進の年でもあった。ヴォーグ誌の日本版に登場したうえ、ペルー出身のマリオ・テスティーノという写真家の撮影を受けて同誌のイギリス版に登場。
ヘザー・マークスとジュリア・ダンストールという同郷のモデルらとともにその名も『ファッション』という雑誌の30周年記念号に姿を見せ、10月になるとついにスティーヴン・マイゼルという名写真家の被写体となったうえで、その写真を携えヴォーグ誌イタリア版の表紙に輝いた。
更にはロシア出身のオクサナ・ポートヴァ、スペイン出身のシェイラ・マルケス、アイルランド出身のララ・マッキャンという3名の女性モデルらとともに『POP』という雑誌に登場。
年も暮れゆく頃にはココ・ロシャという同郷のモデルとともにヴォーグ誌イタリア版の表紙を再び飾り、間もなく同誌のロシア版とイギリス版に登場。そして同誌の日本版とイタリア版にて特集を受け、年に幕を下ろしたのであった。
ドルチェ・アンド・ガッバーナとプラダという、ともにイタリア発の名高いファッションブランドの『リゾート』の広告を飾ってその幕を開けた2008年。
その幕開けから間もなくして~ロシア出身のダリア・ストロコウスという女性モデルとともにプラダの春季のカタログ―『ルック・ブック』―に登場したうえ、ヴォーグ誌ロシア版の表紙に輝き、それからすぐに米国~ニューヨークへと赴いたうえで、この国発のシンシア・ローリーというファッションブランドの秋季のショーを終えると、ヴォーグ誌中国版・・・そして同誌の日本版に登場。
年もいよいよ後半に至ると、クレイグ・マクディーンというイギリス人写真家の被写体となったうえで、米国の『W』という雑誌の紙面でその姿を披露した。
その経歴のうちに飾ってきたコレクション―歩いてきたショーの数々は、アレキサンダー・ワン、アナ・スイ、アン・ヴァレリー・アッシュ、シンシア・ローリー、ダックス、ジェネラ、ジバンシイ、マーロ、プラダ、ピーター・ソム、フィロソフィ(アルベルタ・フェレッティ)、ロダルテ、ヴァネッサ・ブリューノ、・・・。
暗めの茶髪に緑がかった茶色の瞳。その身長おおよそ1.80m。アリ・マイケル、アリ・ステファンズ、アンジェリカ・コチェヴァ、フロ・ジェンナーロ、ジェニー・スウィーニー、ルーク・ウォーレル、シモーナ・マッキンタイア、タラ・ギル、・・・こうした同業者らとの交流を持つ。
そんなモデル―メーガン・コリソンは、世人万人にその名を知られるほどの認知は未だ持たずも、トップモデルへの登竜門と言えもするヴォーグ誌からの立て続け様の後押しに恵まれつつ、今日もどこかの『美』と『装い』の肖像を飾り続けている。
資料
- Meghan Collison - Model Profile - Fashion on New York Magazine
- Meghan Collison - Wikipedia, the free encyclopedia
- Profile of fashion model Meghan Collison - ファッション・モデル・ディレクトリ
- <メルセデスベンツ・ファッション・ウィーク>Meghan、07年春夏コレクションを発表-米国 写真205枚 ファッション ニュースならMODE PRESS powered by AFPBB News