ラケル・ジマーマン

『モデル輩出超大国』―そう称えられるようになって久しいブラジル連邦共和国。ラケル・ジマーマン(Raquel Zimmermann)〔1983年5月6日生〕―この女性は、そんなこの国に生まれ世界に巣立っていった数多の女性モデルらのなかでも取り分けて高い人気と認知度を持つ女性モデルのひとりである。

2008年度春季~ロベルト・カヴァリのコレクションの舞台裏にてラケル・ジマーマン。
2008年度春季~ロベルト・カヴァリのコレクションの舞台裏にてラケル・ジマーマン。

目次

経歴

胎動期

南アメリカ―ブラジル連邦共和国の南の外れに位置して大西洋の遥かなる海原を見据えるリオグランデ・ド・スルの町にドイツ系の血を引いて生まれたラケル・ジマーマンは、この町に育ち、やがて1995年・・・14歳のときに地元のモデル養成学校に入学。

そうしてのちに連なるモデルとしての経歴の胎動を見たラケルは、やがて太平洋を越えて日本に移住。この島国にあって初々しきしばらくの次期をモデルとしての活動に費やし、しだいに勃興を成して成功のきっかけを掴むのである。

始動期

その経歴が本格的に始動したのは、シャネルとヴァレンティノという、実に名高いこれら二つのファッションブランドのコレクションを飾ることになった1999年―その9月のことであった。

それより急速にショーの仕事を増やしていったラケルは、世紀末―2000年の2月に、ヴォーグ誌フランス版の表紙にその姿を現し、紙媒体における国際的な活動を活発化させていった。

時代も21世紀に移ろい、2001年になるとさっそくフランス発のクリスチャン・ディオールというあまりに名高いファッションブランドの化粧品部門と契約を結ぶ。12月にエル誌フランス版の表紙を飾り、そうして年を過ぎて2002年にあっては、スティーヴン・マイゼルという著名な写真家による撮影を受けてヴォーグ誌イタリア版の表紙に姿を見せ、年も暮れの頃にはヴィクトリアズ・シークレットのショーを修飾した。

勃興期

ドルチェ&ガッバーナのコレクションにてランウェイをゆくラケル ―2007年度秋季
ドルチェ&ガッバーナのコレクションにてランウェイをゆくラケル ―2007年度秋季

毎年、そしてその毎季・・・休む間もなくショーの仕事を重ねてゆくなかで、2004年には再びスティーヴン・マイゼルによる撮影を受け、その写真を携え数多のトップモデルらとともにエスカーダというドイツ発のファッションブランドにて仕事。

マリ・クレール誌イタリア版の表紙を飾るなどして2004年を過ぎ、そのキャリアもおおよそ6年目への突入となった2005年にあっては、ショーの一仕事ごとに1万ドルという高額の報酬を得るまでに勃興していた。

英国出身のクレイグ・マクディーンという名写真家の撮影をオランダ出身のドウツェン・クロースとともに受け、その写真を携えグッチの仕事を、更にはエルメスの広告塔になりもし、7月になるとハーパース・バザー誌の日本版の表紙に登場。

母国ブラジルのとあるテレビ番組に現れもしたこの年には、例年となったヴィクトリアズ・シークレットのショーで年度の締めくくりを見た。そうして2006年になるとさっそくマックスマーラに広告塔としての起用を受け、更にはエスカーダやヴィクター&ロルフなどといったブランド群からの起用をも受けた。

『ぴ~す♥』・・・2007年度春季~アレキサンダー・マックイーンのショーの舞台裏にてラケル。
『ぴ~す♥』・・・2007年度春季~アレキサンダー・マックイーンのショーの舞台裏にてラケル。

熟成期

ドイツ出身の名ファッションデザイナーたるカール・ラガーフェルド直々の写真撮影を受けてシャネルで仕事―そうして幕を開けた2007年には、アメリカ合衆国出身のアンジェラ・リンドヴァルという熟練の女性モデルに代わってフェンディの広告塔となる。

フランス発のクロエにおける仕事を通してポーランド出身のアンニャ・ルービックとアメリカ合衆国出身のトリッシュ・ゴフと仕事をともにし、5月―またもスティーヴン・マイゼルの被写体となったうえで、ドウツェン・クロース、キャロライン・トレンティーニ、ヒラリー・ローダ、サーシャ・ピヴォヴァロヴァ、アギネス・ディーン、ココ・ロシャ、ジェシカ・スタム、シャネル・イマン、リリー・ドナルドソン、・・・これら9名の女性モデルらと並び、『世界の次期スーパーモデル』のひとりであるとしてヴォーグ誌米国版の表紙に輝いた。

そうして例年のように慌ただしく過ぎた年―ランウェイの仕事の傍らで、ロシア出身のナターシャ・ポーリーとデンマーク出身のフレジャ・ベハとともにグッチの香水部門の広告塔への起用を受け、さっそくデヴィッド・リンチの制作によってパリに公開されたそのコマーシャルに姿を見せた。

その経歴のうえで飾ってきた広告の数々は、アニマル、バレンシアガ、ブルーミングデールズ、ボビイ・ブラウン・コスメティックス、カー・シュー、カヴァリ・ジーンズ、チェルッティ、シャネル・アイウェア、クロエ、クリスチャン・ディオール、カルヴァン・クライン、クレイロール、ドルチェ&ガッバーナ、ディースクエアード、エマニュエル・ウンガロ、エスカーダ、フェンディ及びその香水―『パラッツォ』、ギャップ、グッチ、ジョルジオ・アルマーニ、H&M、エルメス、ヒューゴ・ボス、ランヴァン、ロエベ、ルイ・ヴィトン、マック・コスメティックス、マックス・マーラ、ミス・シックスティ、ニーマン・マーカス、プラダ、プランタン、レナ・ランゲ、ロベルト・カヴァリ、ロザ・チャ、サックス・フィフス・アヴェニュー、シネカノン、TSE、ヴァレンティノ、ヴェルサーチ、イヴ・サン・ローラン・コスメティックス、・・・。

2008年度春季のアレッサンドロ・デラクアのショーの舞台裏にて、カナダ出身のジュリア・ダンストール(左)とベラルーシ出身のマリナ・リンチュク(中)とともにラケル。
2008年度春季のアレッサンドロ・デラクアのショーの舞台裏にて、カナダ出身のジュリア・ダンストール(左)とベラルーシ出身のマリナ・リンチュク(中)とともにラケル。

飾ってきたコレクション―歩いてきたランウェイの数々は、20世紀のそれだけでも、エンポリオ・アルマーニ、ジャンフランコ・フェレ、クリツィア、アツロウ・タヤマ、バルマン、シャネル、ギ・ラロッシュ、ジャン・コロナ、コスタス・ムルクディス、ロリータ・レンピカ、ロエベ、ロメオ・ジリ、ソニア・リキエル、ヴァレンティノ、クリスチャン・ディオール、コスチューム・ナショナル、フェンディ、ガイ・マッティオーロ、ジェフリー・ビーン、ジバンシー、イザベル・マラン、ジョン・ガリアーノ、ケンゾー、マルセル・マロンジュ、モスキーノ、ニコール・ミラー、オリヴィエ・ティスケンス、パコ・ラバンヌ、ポルトガル・ファッション・インターナショナル、ロベルト・カヴァリ、ティエリー・ミュグレー、ヴィヴィアン・ウエストウッド、イヴ・サン・ローラン、ツァン・トイ、ズッカ、エマニュエル・ウンガロ、ヴェルサーチ、・・・。

21世紀にあっては、アーアー・ミラノ、アルベルト・ビアーニ、アンナ・モリナーリ、アントニオ・ベラルディ、ブルマリン、ブルース、クスト・バルセロナ、シンシア・ローリー、ドルチェ&ガッバーナ、ドナルド・ディール、エミリオ・プッチ、エトロ、エクステ、フィジコ、ホーランド&ホーランド、ジェローム・ドレイフュス、マスカ、マイケル・コース、ニナ・リッチ、パメラ・デニス、ランドルフ・デューク、サルヴァトーレ・フェラガモ、TSE、ヴェルサス、ヴィクトル・ベライシュ、エリー・サーブ、バレンシアガ、ビブロス、クロエ、クージー、ダイアン・フォン・ファステンバーグ、ダグラス・ハーネット、ドリス・ヴァン・ノッテン、ジョルジオ・アルマーニ、ホルストン、ジュンヤ・ワタナベ、カティヨン・アデリ、ラウラ・ビアジョッティ、マリエラ・ブラーニ、マリテ+フランソワ・ジルボー、マラヤン・ペジョスキー、マルクス・ルプファー、ミッソーニ、リファット・オズベック、ステファン・ジャンソン、テューラ、アレキサンダー・マックイーン、アン・アメリカン・ビュー、キャサリン・マランドリーノ、コカパーニ、グエリエロ、ヘザレット、ラ・ペルラ、マックスマーラ、ナルシソ・ロドリゲスオスカー・デ・ラ・レンタ、ロッコ・バロッコ、トラサルディ、ルイ・フェロー、アイスバーグ、ランチェッティ、マッシモ・レベッキ、トレンド・レ・コパン、アン=ヴァレリー・アッシュ、アルヴィン・ヴァレー、アナ・スイ、アンテプリマ、ボルボネーゼ、セリーヌ、クロード・モンタナ、チヴィディーニ、DKNY、ジェームズ・コヴィエロ、ジェレミー・スコット、ランヴァン、ルカ・ルカ、ピーター・ソム、レベッカ・テイラー、ロザ・チャ、サムソナイト・ブラックレーベル、スポートマックス、ヴェラ・ウォン、ヴィクトリアズ・シークレット、ヴィクター&ロルフ、ワイ&ケイ、アレッサンドロ・デラクア、アマヤ・アルズアーガ、バッジェリー・ミシュカ、キャロリーナ・ヘレラ、クリップス、フセイン・チャラヤン、ジル・サンダー、レオナール、ルイ・ヴィトン、マーク・ジェイコブス、リック・オウエンス、ヨージ・ヤマモト、アンジェロ・マラーニ、チェルッティ、チャイケン、エンリコ・コヴェリ、エステバン・コータザー、ガエタノ・ナヴァッラ、スティーヴン・バロウズ、バナナ・リパブリック、ディースクエアード、アイザック・ミズラヒ、ラガーフェルド・ギャラリー、ミッシェル・クラン、ミュウ・ミュウ、プラダ、ベナーズ・サラフプール、カルヴァン・クライン、チャド・ラルフ・ルッチ、ダナ・キャラン、ジャイルズ・ディーコン、ヘルムート・ラング、エルメス、ジェイ・メンデル、ジャン・ポール・ゴルチエ、ヴンダーキント、ザック・ポーゼン、ボッテガ・ヴェネタ、ルエラ・バートリー、プロエンザ・スクーラー、ベルスタッフ、バーバリー、グッチ、ソフィア・ココサラキ、ストラネス、カール・ラガーフェルド、マーロ、プリングル・オブ・スコットランド、プリーン、ロダルテ、トミー・ヒルフィガー、アニマル、ステラ・マッカートニー、・・・。

9名のモデルらとともに『ヴォーグ』の表紙を飾るラケル―左から、リリー・ドナルドソン、ヒラリー・ローダ、ドウツェン・クロエ、サーシャ・ピヴォヴァロヴァ、キャロライン・トレンティーニ、ラケル、ジェシカ・スタム、シャネル・イマン、ココ・ロシャ、アギネス・ディーン。 ―スティーヴン・マイゼル
9名のモデルらとともに『ヴォーグ』の表紙を飾るラケル―左から、リリー・ドナルドソン、ヒラリー・ローダ、ドウツェン・クロエ、サーシャ・ピヴォヴァロヴァ、キャロライン・トレンティーニ、ラケル、ジェシカ・スタム、シャネル・イマンココ・ロシャ、アギネス・ディーン。 スティーヴン・マイゼル

前年に結んだフェンディとの新作香水『パラッツォ』の広告塔としての契約を更新―かくして幕を開けた2008年。良き友となったキャロライン・トレンティーニとともにヴォーグ誌米国版に現われた1月~そして4月になると同誌のフランス版に現われ特集を受け、それからわずか3ヵ月後には同誌の日本版の表紙に、その翌月にはマリオ・テスティーノというペルー出身の写真家の被写体となったうえで、同誌のフランス版に登場した。

2006年度秋季のダナ・キャランのコレクションのその舞台裏にてラケル―悲劇の一枚。
2006年度秋季のダナ・キャランのコレクションのその舞台裏にてラケル―悲劇の一枚。

年も終盤に入り9月に至ると同誌の中国版の表紙に姿を現し、フランス発のランヴァンの仕事でベラルーシ出身のオルガ・シェレールやエチオピア出身のリヤ・ケベデらと仕事をともにした。

その姿

ブロンドに青色の瞳。その身長おおよそ1.78m。

同郷のキャロライン・トレンティーニ、イザベリ・フォンタナ、マルセル・ビッターらをはじめとして、アンニャ・ルービック、ドウツェン・クロース、マリアカルラ・ボスコーノモルガン・デュブレ、ナターシャ・ヴォジョノヴィッチ、・・・こうした同業者らとの交流を持ち、ギターがちょっとした趣味。

そんなトップモデル―ラケル・ジマーマンは、いつしか結婚した写真家の夫とともにアメリカ合衆国のファッション・キャピタル・・・ニューヨークに日々の生活の在り処を置きつつ、若くして築き上げた大いなる成功を携え―今日も『美』の遥かなる世界~その舞台にその名を馳せ続けている。

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