ララ・マッキャン

アイルランド出身の女性モデル―ララ・マッキャン(Laragh McCann)〔1990年生〕

2008年度春季のマックス・アズリアのショーの舞台裏にて~ほほ笑むララ・マッキャン。
2008年度春季のマックス・アズリアのショーの舞台裏にて~ほほ笑むララ・マッキャン。

ユーラシア大陸の西の外れ―その海の向こうに浮かぶアイルランド共和国の歴史ある首都ダブリンに生を享けたララは、それからおおよそ14年後・・・おおよそ14歳のときに、のちに連なるモデルとしてのその半生の胎動を見た。

フォード社の主催するモデル発掘の大会で決勝出場者として最終の15名に名を連ね、北アイルランドの町で開かれた同様の趣旨の大会で決勝までを勝ち進んだララは、それからおおよそ2年の時を経た2004年に至って、フォード・モデルズという世界的に展開するモデル事務所の欧州支局と契約。

そしてその年の10月にあって、大陸はフランスの『モードの都』―パリに赴いたうえで、ドリス・ヴァン・ノッテン、ルイ・ヴィトン、ミュウ・ミュウという三つのファッションブランドの春季のショーを飾り、モデルとしてのキャリアを本格的に始動したのであった。

それから年も暮れゆく頃にイタリアのグラマーという雑誌に姿を見せた2006年―始動の時を見たこの年も過ぎて2007年になると、それまで世話を受けていたフォード・モデルズを去ったうえでウーマン・モデルズというモデル事務所と新たに契約。

2009年度春季のモスキーノのそのランウェイをゆくララ
2009年度春季のモスキーノのそのランウェイをゆくララ

2月になるとさっそくイタリアの歴史あるミラノの町に赴き、この国の生んだプラダという名の歴史あるファッションブランドのショーを専属という形で歩く。

やがて同じくこの国の生んだヴァレンティノというファッションブランドの春季の広告に登場し、更に同じくこの国の生んだアンナ・モリナーリというファッションデザイナーの送る『ブルーガール』というブランドの秋季の広告塔を務めた。

そうして年も後半になると、『パンク・ドール』との銘を受けたうえでハーパース・バザー誌のイギリス版に姿を見せ、間もなくフランスのパリに飛び、シャネルとルイ・ヴィトンという高名なるファッションブランド群のショーを修飾。カナダ出身のメーガン・コリソン、ロシア出身のオクサナ・ポートヴァ、スペイン出身のシェイラ・マルケスという、3名のモデルらとともに『POP』という雑誌に登場し、年度の幕を下ろした。

いつしか結んでおいたアルベルタ・フェレッティの『フィロソフィ』との契約を更新した2008年には、さっそく2月に米国のニューヨーク、イタリアのミラノ、フランスのパリという、歴史ある『ファッションの都』の数々を舞台に、ザック・ポーゼン、モスキーノ、ミュウ・ミュウ、ヨージ・ヤマモト、・・・こうしたファッションブランド群の秋季のショーを飾り、年も後半に移ろった末には、同じくこれらの町々に赴き、DKNY、マーク・ジェイコブス、モスキーノ、バレンシアガ、ミュウ・ミュウのショーを飾っていった。

その経歴のうちに飾ってきた広告の数々は、シャネル・リゾート、フィロソフィ(アルベルタ・フェレッティ)、ヴァレンティノ・レッド、・・・。

飾ってきたコレクションー歩いてきたショーの数々は、シェール・ミッシェル・クラン、ディーチェ・カヤック、ドリス・ヴァン・ノッテン、ルイ・ヴィトン、ミュウ・ミュウ、シャロン・ワコブ、ソフィア・ココサラキ、バレンシアガ、シャネル、カミラ・スターク、DKNY、ジル・スチュアート、マーロ、マーク・ジェイコブス、マルニ、Phi、プラダ、Y-3、・・・。

茶髪に緑色の瞳。その身長おおよそ1.77m。アレックス・サンドール、アリ・マイケルアリス・ギブ、ハンネ・ギャビー・オディール、カシア・ストラス、ララ・ストーン、ソフィ・ベレリズ、・・・こうした同業者らとの交流を持つ。

そんなモデル―ララ・マッキャンは、世人に『売れっ子』の予感を思わせるほどの認知は未だ持たないながらも、そのゆっくりとした勢いのなかでこの『美』の世界にその名を刻みつつ、今日もどこかの『装い』の顔を飾り続けている。

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