ローラ・タンギー

ローラ・タンギー(Laura Tanguy)〔1987年8月2日生〕―フランス共和国出身のこの女性は、この国の『美の頂点』を決するミス・フランスの2008年度大会にてその上位に選ばれ、それをもって一躍その名を広く知らしめたモデルである。

揺れるブルネット―ローラ・タンギー、その肖像。
揺れるブルネット―ローラ・タンギー、その肖像。

西暦1980年代も終わりに近づいた頃―フランスの中西部―メーヌ川のほとりのアンジェという町にその生を享けたローラは、いつしかアメリカ合衆国へと渡り、その幼少期と10代のほとんどをアメリカ合衆国のサン・アントニオ(@テキサス州)で過ごした。両親は一方が理科系研究所の助手で、もう一方は技術者(エンジニア)であった。

そうしてまたいつしかフランスへと舞い戻ったローラは、西暦2003年―『エリート・モデル・ルック』という、ある世界的に展開するモデル事務所エリート・モデル・マネジメントが主催するオーディションの2003年度大会に参戦し、ついには決勝戦にまで勝ち上がるのである。

2005年からというもの毎年のように何らかのミス・コンテストに出場し、それら様々な大会でミスに選ばれ、ついにはフランス最北端の町―ダンケルクで催されたミス・フランスの2008年大会に出場。各地から訪れた36名の女性たちがその美を競い合ったこの大会にて、ミス・フランスとなったレユニオン出身のヴァレリー・ベーグ(Valérie Bègue)に続いて、その第2位に選ばれることとなった。

更にはミス・ユニバース/ミス・ワールドという、世界的に著名なミス・コンテストの2008年度大会のフランス代表に選ばれもした。

これら国際的な二大会の代表に選ばれるに至った背景には、先のミス・フランスの優勝者―ヴァレリー・ベーグを襲ったスキャンダル騒ぎがある。というのは、彼女の私的な写真―いわゆる『扇情的』な写真であったという―がフランス国内のある雑誌を通して出回ったことで、これが一種のスキャンダルと化してヴァレリーを襲い、本来ならば必然的にフランス代表となるはずであったところが、ミス・ユニバースなどの国際的な大会に出られなくなってしまい、かくして次点のローラが選ばれることになったのであった。

その身長おおよそ1.79m、その寸法おおよそ89/60/92。幼い時代の遺産によって完璧な英語を話すこともできるエメラルド・グリーンの瞳の持ち主―そんなローラ・タンギーは、テニスの稽古を重ねる日々とともに、故郷アンジェの看護学校に通う学生としての日々を持ってもいる。

資料