下谷七福神

大都市の一角でありながら未だ下町の風情を留めるところ―古くは『根岸の里(ねぎし-さと)』と呼ばれた市街のさなかにあって、下谷七福神(したやしちふくじん)は、昭和52年(西暦1977年)よりその数六つの寺と一社の宮をその札所に定める。

いずれも東京都台東区の内にて、そのいずれもが東京地下鉄日比谷線の二駅を最寄とするこの霊場群は、全てを徒歩で一時間もあれば巡り切ることのできる範囲にあり[1]、今日も各々の福を秘めつつ街路の傍らに佇んでいる。

目次

札所

寿永寺(布袋尊)

夫婦円満と財宝賊与、そして増長花実、円満完成、平和安穏、家運隆盛、無碍自由を司る、七福神に唯一の実在の人物、中国唐代の僧―布袋尊(ほていそん)。寿永寺(じゅえいじ)は西暦1630年に開かれて以来、その開山の背景に深く関するところの法灯の慣習を今に伝えている[2]。所在は東京都台東区三の輪1丁目22番15号にて、最寄の電停は東京地下鉄日比谷線三ノ輪駅。台東区立東泉小学校の隣にあって、梅林寺と三ノ輪福祉センターを間近に見据えている。

正宝院(恵比寿神)

商売繁盛と除災招福、そして医薬、酒造、漁業、交通安全、商業の繁栄を司る、七福神に唯一の日本の神―恵比寿(えびす)。またの名を飛不動尊(とびふどうそん)という正宝院(しょうぼういん)は、西暦1530年に修験系天台宗の寺として開かれてからというもの、今に至るまでの時を変わらず龍光山(りゅうこうざん)と号してきた[3]。飛不動尊との名前もあって、航空安全の利益(りやく)ありとの評判がいつしか広がり、飛行機を使う人々の参拝を多く集めもするという[4]。所在は東京都台東区竜泉3丁目11番11号にて、最寄の電停は東京地下鉄日比谷線三ノ輪駅、最寄のバス停は都営バス『竜泉』。竜泉寺、正燈寺、大音寺、西徳寺、田甫酉ノ寺などなど、その周辺にも数多の寺々が伽藍を置いている。

弁天院(弁財天)

学問成就と恋愛成就、そして音楽、弁財、美芸文学、智恵、記憶、思索、歓喜、福徳、財産、子孫の繁栄を司る、七福神に唯一の女性の神―弁財天(べんざいてん)。この地に寛永元年(西暦1624年)からその歴史を刻む弁天院(べんてんいん)は、伽藍に据え置く『朝日弁財天』でその名を知らしめる[5]。児童公園が併設されたその境内は、いつにあっても絶えることなく子供たちの声をたたえるという。[6]。所在は東京都台東区竜泉1丁目15番9号にて、最寄の電停は東京地下鉄日比谷線入谷駅。『日本航空高等学校東京学習センター』と『国際通り』との間に位置し、北に千束稲荷神社を見据えている。

法昌寺(毘沙門天)

開運厄除、大願成就、そして財宝福徳、降魔教化、名誉、協力、地位、神通自在を司る、仏教の守護たる四天王の一、戦の神―毘沙門天(びしゃもんてん)。慶安元年(西暦1648年)の創建であるという法昌寺(ほうしょうじ)は日照山と号し、法華宗(ほっけしゅう)の本門流(ほんもんりゅう)に属して今の時を刻む[7][8]。名僧・最澄(さいちょう)ならびに日蓮(にちれん)の作と伝わる鬼子母神(きしぼじん)の像をあわせて安置する毘沙門天堂の傍らには、芸人としてその歴史に名を遺した陸奥(みちのく)の人―たこ八郎(-はちろう)を祀るところの通称『たこ地蔵』なる地蔵を据え置く[9]。本寺は今は無き同氏の菩提寺であったという[10]。所在は東京都台東区下谷2丁目10番6号にて、最寄の電停は東京地下鉄日比谷線入谷駅。正洞院、感応寺、泰寿寺、英信寺、嶺照院などの数多の寺々に囲まれている。

英信寺(大黒天)

五穀豊穣、子孫愛育、そして飲食、縁組、勤労、経営、治安、科学、農耕、機織の繁栄を司る、遠くインドのヒンドゥー教ではシヴァと呼ばれる神―大黒天(だいこくてん)。京都の名刹・知恩院(ちおんいん)の第32世住職・霊巌上人の開基による慶長年間(西暦1596~1615年)の開山と伝わる英信寺(えいしんじ)は、その山号を紫雲山と称し、浄土宗。そしてあまりに名のある名僧・弘法大師(こうぼうだいし)―空海(くうかい)の作と云われる『三面大黒天』を寺宝に有する[11][12]。所在は東京都台東区下谷2丁目5番14号にて、最寄の電停は東京地下鉄日比谷線入谷駅。『飯田病院』の隣にあって、英信寺、泰寿院、要伝寺などの数多の寺を近くに見据えている。

真源寺(福禄寿)

福(幸福)、禄(俸禄)、寿(長寿)の三徳、招徳人望と俸禄増加、そして家内安全、幸福、秩禄、慶祝、良い配偶者の獲得を司る、道教(どうきょう)に言う南極老人―南極星の化身たる神―福禄寿(ふくろくじゅ)。入谷鬼子母神(いりやきしぼじん)の名で知られる真源寺(しんげんじ)は、法昌寺に同じく法華宗本門流をその宗旨とし、仏立山と号し、怪僧―日蓮(にちれん)と鬼子母神とをあわせてその本尊に拝する。万治二年(西暦1659年)からの歴史を持つという本寺は、年の7月になると、名物の朝顔(あさがお)の市を開き、大変な賑わいを境内にたたえるという。[13][14]所在は東京都台東区下谷1丁目12番16号にて、最寄の電停は東京地下鉄日比谷線入谷駅。最も南に位置する札所で、長松寺、最上寺、法清寺などの寺々をその南に見据えている。

元三島神社(寿老神)

長寿延命と富貴招福、そして妙薬、開運、厄除、健康、安楽、不老長寿を司る、中国宋代の仙人―時に福禄寿と同体とも云われる神―寿老神(寿老人―じゅろうじん)。古の八洲(やしま)は九州の国に起こった弘安の役(蒙古襲来)の勝利を背景に、瀬戸内(せとうち)は大三島(おおみしま)の大山祇神社(おおやまづみ-)から勧請されたことに始まるという元三島神社(もとみしま-)は、数多の神々をあわせてその内に祀り鎮座する。[15][16]下谷七福神に唯一の神社たる札所。所在は東京都台東区根岸1丁目7番11号にて、最寄の電停は東京地下鉄日比谷線入谷駅または東日本旅客鉄道鶯谷駅。東に『言問通り』を、西に線路を、天台宗関東総本山・寛永寺の広大な霊園をその向こうに見据えている。

余話

朱印を年中にわたって受けることができ、その集印のために三種類の色紙が用意されているという。[17]

その立地や札所の外観などからいささか風情に欠けてしまっている、とそうした感想もある。[18]

資料