優奈木よしか

かの日本という名の島国にかつて、優奈木〔ゆうなぎ〕 よしか―あるいは夕凪よしかとも―〔1983年2月8日〜2001年1月4日〕という名のひとりの九州の女がいた。1990年代の中盤からその後半に掛けて活動した女性モデルであった。

熊本県出身の父と沖縄県出身の母との間に福岡県の久留米市にてその生を享けた優奈木は、ごく幼い時期に同県北九州市の八幡東区へと移住~そしてこの町にて育ち、11歳という若さにあってモデルの活動を始め、福岡市中央区に本部を置くモデル事務所に所属しつつ、地元の雑誌媒体を中心に露出を重ねていた。

13歳のときに集英社<小学館との情報も有り>の雑誌関係者から直々のスカウトを受けたことで、全国区の若年向けファッション誌や若年向けライフスタイル誌へと姿を見せるようになる。

自らの本名を売ることにはあまり興味が無かったようで、登場媒体の別によって、英字表記の『Yoshika Yunagi』ないしは『Yoshika Yuhnagi』、あるいは単に『Yoshika』~こうしたものを含む複数のいわゆる芸名を使い分けていた。

紙媒体のみならず映像媒体にも~一例としては、一人の少女ファッションモデルとして今は亡き『トゥナイト2』の『ティーンモデルたちの生態』と題された企画に登場するなど、様々な方面からのフィーチャーを受けた人気モデルとして台頭。

そんな優奈木は悪名高い大酒飲みであった。2000年の夏~ちょうど17歳という頃に、埼玉県大宮市<のちに埼玉県さいたま市へ>の路上を泥酔状態で全裸のままに駆け抜け、延いてはこの地の公立高等学校へと乱入。遂には取り押さえられたうえでそのまま補導されるに至った。

そして21世紀へ~2001年の幕開けを迎え間もなき日にあり優奈木よしかは、自身のマンション付近の公園にて遺体で発見された。激しい泥酔状態のままに野外のその公園の草むらのうちに眠りこけた末の低体温症がその死因であった。晩酌としてウォッカ、ドンペリ、そして焼酎などといった、度数の強い酒を大量に摂取していたという。

180cm前後の身長にして非常に細身のシルエット。同じく1990年代の『花火』を思わせた相川七瀬を~あるいはのちの土屋アンナを髣髴とさせる顔立ち。そしてどこかカリスマ的な雰囲気を宿した身振り―人気モデルとしていよいよこれからかという矢先の死。優奈木らしい最期であった。

享年17。

今や歴史の彼方へと消えた麗しの~そしてどこか切ない1990年代の記憶の一欠片。