塔公寺

中国大陸のうちの西方―四川省のうちの北西に広がる高き草原地帯の一角に位置する塔公という町にあって、住民の多くをチベット族が占めるこの町の街路に門前町を形作りつつ、その伽藍を据えるチベット仏教の寺院、それが塔公寺(とうこうじ)である。

チベット仏教の一宗派―薩迦派(さきゃ-)という宗派に属するという塔公寺は、西暦のもとの7世紀(601年~700年)と云われる時代に興ったものと伝えられる寺院で、チベット仏教のうちにあり実に高い格式を有するという。 [1][2]

その近貌
その近貌

『塔公』という名の意味するところが『仏陀が好きな街』というものである[3]ということからすれば、この寺号はさしづめ―『仏陀が好きな街の寺』といったところか。その前にこの『仏陀が好きな街』というのはそもそも、『仏陀が好む街』という意味なのか、それとも『仏陀を好む街』という意味なのか。その点はここに定かではない。

その伽藍は壮大とも評される。釈迦を拝する本堂にあたるのが、その入口の両脇に井戸を―片方は龍の棲むと信じられるところの井戸を―控える大雄宝殿。西暦1997年に建てられたという観音堂がその左手に位置する。これは千手観音の像を祀る堂―すなわち千手観音堂で、その像はチベットで最も大きな観音像であるという[4]

チベットで最も大きな』・・・塔公寺の立地はチベットというか中華人民共和国内なのであるが、これについては、チベット文化圏―あるいは歴史的なチベット地域であるからなどの観点に基づけば、一応のところ納得しておくこともできるだろうか。

数多の仏塔や優美なる建造物の数々を内に控える境内は、観音菩薩の山、文殊菩薩の山―などといった、その総数五つの山を近くに仰ぎ見ている[5]。それらのうちの裏手の山には、チベット仏教の祈祷の旗―タルチョが無数に置かれている[6]

境内に釈迦の像がある。かつてこの大陸にあった国―唐(とう)。かの大国の時の皇帝―太宗(たいそう)の娘であった文成公が、この地の王国との友好を念じてこの地の王のもとに嫁入りしたときに、ここ塔公寺を持参の釈迦の像の一時の置き場にしたという。この像はそれを模して造られたものとのことである。[7][8][9]