大円寺 〔暁雲山〕

筑紫の大地の悠久の歴史と筑前福岡城下の歴史を今に伝える福岡県都・福岡市。『大円寺』(だいえんじ)―山号を“暁雲山”と称する浄土真宗のこの寺は、市内博多区にあって同宗福岡教区那珂組に属し、行き交う空の往来の音色を聞きつつ佇む町の一角に伽藍を置いている。

“淨土真宗 本願寺派 暁雲山 大円寺”~ある秋の日の朝に開かれたその門
“淨土真宗 本願寺派 暁雲山 大円寺”~ある秋の日の朝に開かれたその門

目次

歴史

この寺―大円寺の歴史は、その起源については不詳ながらも、浄土真宗の一ヶ寺としての沿革を刻み始めたのが近世・・・江戸時代の初期。

“筑前三大地誌”のうちの2誌たる『筑前国続風土記拾遺』および『筑前国続風土記附録』によれば、寛文5年(西暦1665年)に寺号の許可を得たのであったという。

近世には博多の「万行寺」という真宗系の寺の末寺としてあり、時も移ろいの末に近代へ~明治年間(西暦1868年〜1912年)に新たな本堂を建立。

寺誌『福岡寺院探訪』の編纂期〔昭和63年(西暦1988年)〜平成2年(西暦1990年)〕でその住職は13世を数えた。

伽藍

往古の博多の町の息吹を今に伝える町々は、脊振の山々を望む那珂川町より注ぐ「那珂川」の流れ―そして万葉の古都太宰府より注ぐ「御笠川」の流れ―これら二つの流れの狭間に位置し、その西方の川向こうに往古の福岡城下の後裔にあたる市街を見据えている。

その東方「御笠川」の“川向こう”に広がるは、古の「千代の松原」の残り香とその深淵なる歴史とを秘める町々。そして平野の内に横たわり佇む巨大なる“大空の港”―福岡空港。異称を“板付空港”ともいうこの空港からさらに東方、博多区の隅にあたるところの一帯は、かつて“席田”(むしろだ)と呼ばれたところであった。

筑前国・席田郡。御笠の流れの源を秘める宝満山・・・その峰から延々と連なった先の“天王山”という名の小山が、その内なる「東平尾」(ひがしひらお)という街区に緑をたたえる。

伽藍の佇む東平尾―旧平尾村の一角の路地と天王山
伽藍の佇む東平尾―旧平尾村の一角の路地と天王山

暁雲山・大円寺の伽藍は、向こう東方に“糟屋”(かすや)と呼ばれる地を見据えるこの小山の麓にあって、その入り口を西の方角に向けて開いている。

この地を南北に長く貫く国道3号、そしてこの大通りと平行しながら走る県道45号。そのある一角の東脇に佇む“天王山”という名の小山は、いつぞやの去りし時代に受けた公園としての整備の末に、“天王山公園”という名の緑地として、その域広大なる「東平尾公園」の部分を成している。

“博多の森”との呼び名を持ちもするこの東平尾公園の西の麓、すなわち天王山公園の麓。そこに軒を連ねる民家。

西を向いて建つその本堂
西を向いて建つその本堂

「淨土真宗 本願寺派 暁雲山 大円寺」。宗旨と宗派と山号と寺号とを書いた木札、それを打ち付けた石塔。これと「今田前公園」という小公園との間に続く坂道がこの寺の入り口で、そこに山門はなく、これを入った参拝者はその先ですぐさまこの寺の本堂と対面する。

大屋根を据えるこの本堂は、その右手で住職一家の住まいたる庫裏と接続する構造。位置する町の公民館〔東平尾公民館〕の背部を手前に見据えつつ、右手前に納骨堂を、さらにその奥にこれまた納骨堂らしき建物を見据えるこの本堂の左手前に、“大谷光照門主御巡教記念”と刻まれた石塔がある。

西本願寺23世門主・大谷光照の巡教を記念した石塔(左)とそれに際しての植樹を記念した石塔(右)
西本願寺23世門主・大谷光照の巡教を記念した石塔(左)とそれに際しての植樹を記念した石塔(右)

大谷光照(おおたにこうしょう)、すなわち、この寺の宗派たる浄土真宗本願寺派の第23代門主。明治から平成の代までを生きたこの高僧が・・・在りし日にこの寺を訪れたのであろう。

境内は簡素にして、これらの他に目立つ事物は特には見られない。近世に編纂された『筑前国続風土記拾遺』のこの寺の描写のうちに「寺内に観音堂あり」との記録があるが、それらしきものは―少なくとも目視可能なる境内の表側には―見られない。

秋の寂光のもとに鎮まるその境内の納骨堂
秋の寂光のもとに鎮まるその境内の納骨堂

寺地の外―入り口からすぐ北の路地角に木像の仏堂らしき一宇が置かれているが、その詳細はここに不明である。

ちょうど背後にあたる少し東のほうには“牛頭天王社”と呼ばれる八幡宮〔牛頭天王八幡宮〕が鎮座し、その裏には“親和広場”と名付けられた一角が、そして宮の脇から天王山の内へと続く小道の先には「席田会館」という公共施設が佇む。

住宅街としての新たな開発が進められゆくなかで、美観の欠片も持ち合わせることなき洋風の建物群を次々とそこに受け入れながらも、新興住宅地という名の薄汚いスラム街とはどこか異なる―どこか落ち着いた古い町の面影を留めた集落。

そのような町のさなかにあって、途絶えることなく空を飛び交う鉄機の轟音を脇に聞きつつ、大円寺のその伽藍は今も静かに在り続けている。

古記録

筑前国続風土記拾遺

大圓寺
馬場小路に在。真宗西万行寺末也。寛文五年木佛寺号を許さる。寺内に千手観音堂あり。

筑前国続風土記附録

大圓寺 眞宗西 佛堂三間四間
博多萬行寺に屬す。寛文五年寺號を許さる。

所在

住所は福岡県福岡市博多区東平尾2丁目7番39号にて、電話番号は092-611-5118、最寄の電停は博多駅、最寄のバス停は西鉄バスの『東平尾』。

資料