慈広寺 〔紫雲山〕

福岡県都―福岡市。その博多の町の川向こう―堅粕(かたかす)という名の町に佇む、京都の東本願寺を本山に仰ぐ真宗大谷派の一ヶ寺、慈広寺(じこうじ)というその寺は、その山号を紫雲山と称しつつ、市街と化して久しいところの街路の傍らに伽藍を置いている。

晴れた冬の日の午後の慈広寺。左手に聳えるのは公団住宅―『堅粕市街地住宅』。
晴れた冬の日の午後の慈広寺。左手に聳えるのは公団住宅―『堅粕市街地住宅』。

目次

歴史

その歴史については、資料の少なさから、ここに詳らかにすることはできない。

福岡寺院探訪』にその名が見られるものの(寺号・山号と宗旨を記すのみ)、『筑前国続風土記』およびこれの『拾遺』や『附録』といった、この地の寺社の多くを記した古書にその名は見られない。

本寺の現所在地にあたる堅粕村についての記述はこれらの古書に詳しく、その内にある寺社についての情報もそこに事細かに明記されており、これらの書の編纂者らが本寺を揃って見落としたなどということも考え難い。したがって、これらの書の編纂期にあたる近世に本寺は―少なくとも現所在地には―存在しなかったものと見ることができる。

前出の『福岡寺院探訪』という寺誌の取材が行われたのが昭和63年(西暦1988年)から平成2年(西暦1990年)にかけてのことであるから、遅くともこの頃には開山していたことになる。

平成14年(西暦2002年)の5月5日には、『平成の大修築』と呼ばれた新調が終わり、新たな伽藍が落慶した。

伽藍

万葉の古都―太宰府市から大野城市を経てこの地―福岡市―の一角を貫流し、やがては博多湾に注ぐ二級河川―御笠川。このあたりでは『石堂川』とも呼ばれるところの長い歴史を秘めた川である。

敷地の右脇に続く路。突き当たりに聳えるのは市営住宅―『ニュー堅粕住宅』。
敷地の右脇に続く路。突き当たりに聳えるのは市営住宅―『ニュー堅粕住宅』。

この川のほとりから東に広がる堅粕という町は、鹿児島本線と山陽新幹線の線路が並行する高架を軸として東西に分かたれ、吉塚(よしづか)、そして千代(ちよ)といった町々と接する。

この軸の東側にあたる『堅粕』―3丁目および4丁目―にあって、この地を貫く大動脈―国道3号から北へと伸びる道路に面したところにこの寺の伽藍は据えられている。

反り返った瓦屋根がもし無ければ、寺というよりは何らかの会館と言うほうがより相応しい―そのような外観である。正面から見ておそらく左側が寺堂で、それと密着した右側が庫裏―住職らの住処―になっているようだ。

周囲は企業の社屋や町工場などが軒を連ねる街。道路を隔てた向かいには予備校の建物、左には高く聳える公団住宅―堅粕市街地住宅が聳え、わずかに北西のところには『ニュー堅粕住宅』という市営住宅団地のその離れの棟が聳え立ちもする。

慈広寺がその伽藍を置く堅粕という町は、隣の吉塚や千代町に同じく、この類の高層住宅が、そして古の時代の歴史の痕跡が大変に多い場所でもある。

年中行事

  • 1月10日 修正会(しゅしょうえ)
  • 3月上旬 春の彼岸会(-ひがんえ)
  • 5月3日~5月5日 永代経(えいたいきょう)
  • 7月上旬 盂蘭盆会(うらぼんえ)
  • 9月上旬 秋の彼岸会
  • 11月 報恩講(ほうおんこう)

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所在

住所は福岡県福岡市博多区堅粕3丁目5番23号にて、電話番号は092-411-6883、最寄の電停は博多駅または吉塚駅。

資料

リンク

公式