西福寺 〔大雄山〕

隣県より来たりて福岡県の南部を貫流する大河“筑紫次郎”こと筑後川。山号を“大雄山”と称する西福寺(さいふくじ)という浄土真宗東本願寺派の一ヶ寺は、その大いなる流れを見据える久留米の町の一角に伽藍を置いている。

大雄山・西福寺 ~ ある晩秋の朝のその姿
大雄山・西福寺 ~ ある晩秋の朝のその姿

目次

歴史

その起源については定かではなく、複数の伝えと説がある。

まず、元和8年(西暦1622年)に玄誓という者が開基したというもの―これが『寛文記』の説。次に、創建の年を不詳としながらも、一説において万治元年(西暦1658年)に浄了という僧が開基したというもの―これが市誌の説。もうひとつが、和田十郎左衛門という筑前の武家の者が開基したというもの―これが『沿革史』の説。

最後の説(沿革史)によれば、その通史は往古の火災によって古記録や宝物などが焼失したことで不詳ながらも、元禄14年(西暦1701年)に本堂が建造されたという。

伽藍

東方よりその流れを絶やすことなく久留米に差し掛かる大河「筑後川」。その水面が南のほうへと湾曲してゆくところで、往時の城下の名残をところどころに留める久留米の町が、その流れの東のほうに広がる。

梅林寺(ばいりんじ)、そして水天宮(すいてんぐう)―ともにその流れのふちにあるこれら歴史ある寺社を過ぎ、市街へと続く数多の通り。浄土真宗・西福寺は、久留米柳川線〔福岡県道23号〕、そして明治通りという、2つの大通りが交差する地点からすぐ近く、「本町」(ほんまち)という街区にあり、「小頭通り」という通りに面して伽藍を置いている。

門前の石塔 ~ 「浄土真宗」「東本願寺派」「西福寺」
門前の石塔 ~ 「浄土真宗」「東本願寺派」「西福寺」

西の方角に向けて開かれた境内。そこに山門は無く、宗旨や寺号を刻んだ石塔と掲示板だけがその名を示す。門を入ればすぐさま大屋根を葺いた建物―その本尊たる阿弥陀如来(あみだにょらい)を安置する本堂。その左のほうは墓地へと続く。

すぐ近くに無量寺と号する浄土宗の寺がある。

墓碑

  • 浅野陽吉 〔郷土史家〕
  • 大藪房次郎 〔近代の実業家〕
  • 大藪守治 〔昭和高女創立者/房次郎の三男〕
  • 伊藤静尾 〔洋画家〕

所在

住所は福岡県久留米市本町3-16にて、電話番号は0942-32-8663、最寄の電停は久留米駅(西)または西鉄久留米駅(東)。

資料