高山寺 〔正面南山〕

連なる紀伊(きい)の霊妙の山々と潮のゆらぎを見据えるところ、和歌山県の田辺市(たなべ-)にその伽藍を据える高山寺(こうざんじ)は、真言宗(しんごん-)―その御室派(おむろ-)の一ヶ寺にして、正面南山と号し、古来の香りを今に伝える田辺の街を静かに見下ろす。

紀伊之国十三仏の第12番札所にして、その本尊は大日如来(だいにちにょらい)。数多の仏像や絵図の事物を文化財として今に伝える正面南山・高山寺は、『田辺大師』や『弘法さん』などの呼び名で地の人に親しまれている。

秋の境内に続く石段と聳える多宝塔と参拝者
秋の境内に続く石段と聳える多宝塔と参拝者

目次

歴史

その開創の時期については詳らかでない。寺伝によれば、大元の草創者は聖徳太子(しょうとくたいし)で、のちに名僧・弘法大師(こうぼうだいし)―空海(くうかい)が自らで像を刻んだうえで本寺を再興したのであるという。[1]

戦国時代(西暦おおよそ1493~1573年)から安土桃山時代(西暦おおよそ1568~1600年)にかけての頃には、『紀州攻め』―豊臣秀吉(とよとみひでよし)が行ったこの地への侵攻―いわゆる紀州征伐(きしゅうせいばつ)の戦禍を被り、焼き討ちの目に遭うこととなった。[2]

時も下って江戸時代(西暦おおよそ1600~1867年)になると、それまで称した『興山寺』という寺号が、今に伝わる寺号―『高山寺』に改められたという[3]。文化年間(西暦1804~1818年)には、今にも遺る多宝塔(たほうとう)が建造された[4]

伽藍

太平洋の遥かなる水面を湾の向こうに見据える田辺市。その一角を貫流する二級河川・会津川とその支流の稲成川とがちょうど合流する地点、その近くに稲成という町がある。

花開く春の境内と本堂
花開く春の境内と本堂

田辺大師[5]、弘法さん[6]、―高山寺の伽藍は会津川の西岸に、そして稲成川の東岸に位置し、かようの稲成町にて田辺の市街を一望する高台に置かれている。

大正十一年(西暦1936年)に建造された山門、その先に続く石段。その境内に随一の高さをもって孤影を示す優美なる姿の多宝塔をはじめ、本堂、鐘、そして様々な堂があわせてその伽藍を成している。[7][8]

多宝塔

その境内でもひときわ目を引くという多宝塔[9]。これは江戸時代の後期にあたる文化十三年(西暦1816年)に建てられたものであるそうで、本瓦葺にしてその高さはおおよそ15メートル。『上宮閣』の額を掲げ、内には四天柱とともに開創の祖と伝わる聖徳太子の立像を安置している。[10]

高山寺貝塚

境内の台地に貝塚がある。縄文時代(じょうもん-)早期のものと見られているこの貝塚からは、押型紋(おしがたもん)という模様のある尖底土器(せんていどき)―『高山寺式土器』―をはじめ、撚糸文(よりいともん)と呼ばれる土器や、考古上の価値を有する数多の事物が出土。『高山寺貝塚』として国の史跡に指定されている。[11][12]

墓地

墓地には、この地に生まれた偉大なる武道家―合気道(あいきどう)の創始者・植芝盛平(うえしばもりへい)[13]の、そして同じくこの地に生まれた偉大なる智者―博物学者・南方熊楠(みなかたくまぐす)[14]の墓が佇んでいる。[15]

本寺を菩提寺とした熊楠は、かつてともに伽藍を成していた日吉神社の境内から数多の隠花植物を採集し、その研究の糧とした。同人の偉大な仕事であったと云われる『神社合祀反対』の運動は、この神社が近場の稲荷神社に強制的に合祀されたこと、そしてその神木が伐採されたことがひとつのきっかけであったという。[16][17]

そこからは、熊楠が愛して止まなかった島―田辺湾に浮かぶ小島―この地を行幸された昭和(しょうわ)の帝(みかど)が熊楠を想い詠われた島―神島(かしま)を見渡すことができるとのことである。[18]

行事

  • 春の大祭 / 4月20日~4月21日
軒を連ねる露店とともに多くの参拝客で賑わう一日目の『宵宮』、そして正御影供(しょうみえく)―かの高野山(こうやさん)のその奥の院へと弘法大師が入定した日―の大法会(だいほうえ)を執り行う二日目の『本宮』[19]。『春のお大師さん』としてともに大賑わいを見る二日間[20]
  • 夏のお大師さん / 7月15日
降誕会(こうたんえ)―弘法大師の降誕の日にゆかりの大会式(だいえしき)。春の大祭と同じくひとときの賑わいを迎える日。[21]

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所在と交通

住所は和歌山県田辺市稲成町392にて、電話番号は0739-22-0274、最寄の電停は紀伊田辺。同駅から徒歩で25~30分[22][23]。車ならば阪和道みなべICから国道42号経由で20分[24]