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2007年11月7日 (水) 15:14の版

愛知県の中心の地にあって、その文字通りに名古屋市の内の七ヶ寺をその札所に定めるなごや七福神-しちふくじん)は、市内をちょうど円の形に巡る七福神の路。

昭和六十二年(西暦1987年)の4月に始まり、折に定められた札所は全てが真言宗の寺々。年の1月が上旬をまわる頃には、名古屋三越の栄本店を場として『七福神祭り』と題された祭が行われている。

画像:笠覆寺 379095418.jpg
なごや七福神『恵比寿』札所―笠覆寺(笠寺観音)

目次

札所

笠覆寺(恵比寿)

商売繁盛と除災招福、そして医薬、酒造、漁業、交通安全、商業の繁栄を司る、七福神に唯一の日本の神―恵比寿(えびす)。笠覆寺(りゅうふくじ)は天平八年(西暦736年)からの歴史を持つと伝わる真言宗智山派の一ヶ寺で、山号を天林山(てんりんざん)と称する古刹。十一面観世音菩薩を本尊に拝するこの寺は、その本尊をして、笠寺観音(かさでらかんのん)との異称でも知られ、尾張四観音の一に挙げられている。その境内には古くから遺る諸事物に加え、松尾芭蕉にゆかりの『春雨塚』、宮元武蔵の碑、キリシタンの燈篭などなど、数多の事物があわせて伽藍を形作り、『縁結びの観音様』として親しまれているという。[1][2][3]所在は愛知県名古屋市南区笠寺町上新町83にて、電話番号は052-821-1367、最寄の電停は本笠寺駅。見晴台考古資料館を据える笠寺公園の西方にあり、常唱寺、西福院、法性寺、東光院、西方院、泉増院などの数多の寺々のほか、笠寺郵便局、笠寺天満宮、市立春日野小学校、笠寺福祉会館などの事物を周囲に見据えている。

宝珠院(大黒天)

五穀豊穣、子孫愛育、そして飲食、縁組、勤労、経営、治安、科学、農耕、機織の繁栄を司る、遠くインドのヒンズー教ではシヴァと呼ばれる神―大黒天(だいこくてん)。宝珠院(ほうじゅいん)は奈良時代(西暦710~794年)からの歴史を持つと伝えられる真言宗智山派の古刹で、山号を如意山と称し、常楽寺と号する。名古屋三弘法の一にして、名古屋二十一大師の第11番札所[4]、東海三十六不動尊の第13番札所[5]、境内の森は緑地保全地区に指定されているという。[6][7]所在は愛知県名古屋市中川区中郷1-11にて、電話番号は052-361-0638、最寄の電停は荒子駅または八田駅または近鉄八田駅。荒子川の西岸は名古屋西部県税事務所の西にあり、光明院、盛福寺、日照寺などの寺々とともに、市立野田小学校、市営住宅新高畑荘などを近くに見据えている。

福生院(毘沙門天)

開運厄除、大願成就、そして財宝福徳、降魔教化、名誉、協力、地位、神通自在を司る、仏教の守護たる四天王の一、戦の神―毘沙門天(びしゃもんてん)。福生院(ふくしょういん)は至徳三年(西暦1386年)からの歴史を持つと伝わる真言宗智山派の古刹で、山号を如意山と称し、大聖歓喜天―通称『お聖天様(-しょうでんさま)』を本尊に拝する。東海三十六不動尊の第12番札所[8]、大名古屋十二支の亥(い)札所[9]、名古屋二十一大師の第5番札所[10]でもあるこの寺は、所在の街―袋町(ふくろまち)の名物として『袋町お聖天』との異名で知られ、様々の利益(りやく)を秘める寺として親しまれているという。[11]所在は愛知県名古屋市中区錦2-5-22にて、電話番号は052-231-5261、最寄の電停は名古屋市営地下鉄丸の内駅。市街のさなかにあり、近くに聞安寺、常瑞寺、延命院などの寺がある。

弁天寺(弁財天)

学問成就と恋愛成就、そして音楽、弁財、美芸文学、智恵、記憶、思索、歓喜、福徳、財産、子孫の繁栄を司る、七福神に唯一の女性の神―弁財天(べんざいてん)。弁天寺(べんてんじ)は大正十四年(西暦1925年)からの歴史を持つと伝わる真言宗智山派の寺で、山号を宝生山と称し、琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)にある古刹・宝厳寺(ほうごんじ)の別院。名古屋三弘法の一にして、名古屋二十一大師の第12番札所[12]、かつては近くに海水浴場があったことから賑わったという。[13]本院・宝厳寺の弁財天は名高く、近畿の西国七福神の弁財天札所・瀧安寺などのそれとあわせて日本四ヶ所弁財天とたたえられもする。所在は愛知県名古屋市港区多加良浦町4-278にて、電話番号は052-381-2306、最寄の電停は荒子川公園駅。庄内川の縁にあり、慈光寺、熱田神社、宝神社などの寺社とともに、市立神宮寺小学校、市営改良住宅惟信南荘などを近くに見据えている。

宝生院(布袋尊)

画像:宝生院 9547040.jpg
なごや七福神『布袋尊』札所―宝生院(大須観音)

夫婦円満と財宝賊与、そして増長花実、円満完成、平和安穏、家運隆盛、無碍自由を司る、七福神に唯一の実在の人物、中国唐代の僧―布袋尊(ほていそん)。宝生院(ほうしょういん)は南北朝時代(西暦1336~1392年)からの歴史を持つと伝わる真言宗智山派の古刹で、山号を北野山と称し、大須観音(おおすかんのん)の異称を持つ。もとは美濃国(みののくに)の大須庄というところ―のちの岐阜県羽島市大須―にあった寺で、徳川家康によって慶長十七年(西暦1612年)にこの地に移されてきたという。聖観世音菩薩を本尊に拝し、尾張三十三観音の第1番札所[14]、名古屋二十一大師の第1番札所[15]、東海三十六不動尊の第10番札所[16]、大名古屋十二支の子(ね)札所[17]、更に東海圏新西国三十三観音の第28番札所[18]、尾張西国三十三観音の第16番札所[19]。真福寺文庫(または大須文庫)と呼ばれる古書庫を持ち、そこには国宝も含む数多の書物を寺宝として保存している。[20][21]所在は愛知県名古屋市中区大須2-21-47にて、電話番号は052-231-6525、最寄の電停は大須観音駅。同駅のわずか東のところで、清安寺、大光院、極楽寺、陽秀院、七寺、そして西本願寺名古屋別院のほか、数多の寺々とともに市街を周囲に見据えている。

萬福院(福禄寿)

福(幸福)、禄(俸禄)、寿(長寿)の三徳、招徳人望と俸禄増加、そして家内安全、幸福、秩禄、慶祝、良い配偶者の獲得を司る、道教(どうきょう)に言う南極老人―南極星の化身たる神―福禄寿(ふくろくじゅ)。萬福院(まんぷくいん)は万福院とも表記される真言宗智山派の古刹で、千葉は成田(なりた)にある同宗同派の大本山・成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ)の別院。名古屋二十一大師の第3番札所[22]、東海三十六不動尊の第11番札所[23]でもあるこの寺は、安土桃山時代(西暦おおよそ1568~1600年)より前からの歴史を持つと伝わり、名古屋城の築城に伴って現所在地の栄(さかえ)に伽藍を置いて以来、今に至り、『栄の成田山』として多くの参詣を集めている。[24]所在は愛知県名古屋市中区栄5-26-24にて、電話番号は052-241-7670、最寄の電停は矢場町駅。同駅からわずか東にあり、そのすぐ北に徳照寺、南に市立老松小学校、そして市営住宅千早荘をはじめ、新栄荘、鶴舞荘などの改良住宅、西にはいささか離れて市立白山中学校を、そして名古屋市中文化センター(隣保館)などを見据えている。

興正寺(寿老人)

長寿延命と富貴招福、そして妙薬、開運、厄除、健康、安楽、不老長寿を司る、中国宋代の仙人―時に福禄寿と同体とも云われる神―寿老人(じゅろうじん)。興正寺(こうしょうじ)は貞享年間(西暦1684~1687年)からの歴史を持つと伝わる高野山真言宗の古刹で、同宗の別格本山にして、八事山(やごとさん)との山号を称す。大名古屋十二支の辰(たつ)札所[25]、名古屋二十一大師の第21番札所[26]、尾張三十三観音の第33番札所[27]、東海三十六不動尊の第36番札所[28]、城東西国三十三観音の第12番札所[29]。聖観音を本尊に拝するこの寺は数多の諸堂を境内に控え、名高い五重塔を控えつつ門前の町を見守っている。[30][31]所在は愛知県名古屋市昭和区八事本町78にて、電話番号は052-832-2801、最寄の電停は八事駅。中京大学の敷地に接する興正寺公園のなかにあり、誓願寺、西光院、一心寺などの数多の寺々とともに、聖霊奉侍布教修道女会の日本管区本部・聖霊修道院などを近くに見据えている。

資料