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東京都―台東区(たいとう-)―古くは『根岸の里(ねぎし-さと)』と呼ばれた地域の一角にその伽藍を置く一ヶ寺、寿永寺(じゅえいじ)というその寺は、江戸時代からの歴史を秘めつつ、得生院との院号、正覚山との山号、そして赤門寺との通称を持ち、下谷七福神の札所の一たる布袋尊(ほていそん)をその境内に置く。

目次

歴史

そのはじめは江戸時代(西暦おおよそ1600~1867年)の初めの頃になる。

江戸幕府二代将軍・徳川秀忠(とくがわひでただ)の側室であった得生院殿寿永法尼という尼が、秀忠の菩提を弔うためにとこの地に一宇の庵室を開いた。これがすなわち寿永寺の開創で、ちょうど寛永7年(西暦1630年)のことであった。

時も下った昭和52年(西暦1977年)には、近場の五ヶ寺と一社ととともに下谷七福神の札所に定められた。

伽藍

都市化の波に呑まれて久しくありながらも未だ下町の面影を留める『根岸の里』―そこは台東区の一角の町。

東泉小学校(とうせん-)という区立小学校からわずかに西のところに置かれたその伽藍には、コンクリート造りの近代的な本堂が建つ。

本堂と庫裏(くり)―住職らの住まい―との間のところに置かれた大きな石像が、これすなわち下谷七福神の札所たるゆえん―布袋尊。大きな石像たるこの布袋は、手前に『笑門』そして『福来』―これすなわち『笑う門には福来たる』―と刻んだ花立を据えている。

寺地からわずかに北には、阿部友之進という江戸時代の本草学者や河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)という俳人の墓が眠ってもいる曹洞宗の寺―梅林寺がその伽藍を置き、そのすぐ北には永久寺、更にすぐ北には遊女の投げ込み寺として知られているという、浄閑寺(じょうかんじ)という浄土宗の寺がある。

余話

下谷七福神の札所のうちで最も北に位置する。宗旨は不明。

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所在

住所は東京都台東区三の輪1丁目22番15号にて、電話番号は03-3873-2402、最寄の電停は三ノ輪駅。

資料